正法眼蔵随聞記 / 巻六
亦云く、宇治の關白殿、ある時鼎殿に到て、火を焚く所を見玉へば、鼎殿是を見て云ふ、いかなる者ぞ案內なく御所の鼎殿へ入ると云て追出されて後、關白殿先の惡き衣服等をぬぎかへて、顯々として裝束して出たまふ時、さきの鼎殿はるかに見て、恐れ入てにげにき、時に殿下裝束を竿の先にかけ拜せられけり、人これを問ふ、答て云く、吾れ他人に貴びらるゝこと我が德にはあらず、只此の裝束ゆゑなりと云へり、おろかなる者の人を貴ぶことかくのごとし、經教の文字等を貴ぶことも亦かくのごとくなり、
新字:亦云く、宇治の関白殿、ある時鼎殿に到て、火を焚く所を見玉へば、鼎殿是を見て云ふ、いかなる者ぞ案内なく御所の鼎殿へ入ると云て追出されて後、関白殿先の悪き衣服等をぬぎかへて、顕々として装束して出たまふ時、さきの鼎殿はるかに見て、恐れ入てにげにき、時に殿下装束を竿の先にかけ拝せられけり、人これを問ふ、答て云く、吾れ他人に貴びらるゝこと我が徳にはあらず、只此の装束ゆゑなりと云へり、おろかなる者の人を貴ぶことかくのごとし、経教の文字等を貴ぶことも亦かくのごとくなり、
書き下し
亦云く、宇治の関白殿、ある時鼎殿に到て、火を焚く所を見玉へば、鼎殿是を見て云ふ、いかなる者ぞ案内なく御所の鼎殿へ入ると云て追出されて後、関白殿先の悪き衣服等をぬぎかへて、顕々として装束して出たまふ時、さきの鼎殿はるかに見て、恐れ入てにげにき、時に殿下装束を竿の先にかけ拝せられけり、人これを問ふ、答て云く、吾れ他人に貴びらるゝこと我が徳にはあらず、只此の装束ゆゑなりと云へり、おろかなる者の人を貴ぶことかくのごとし、経教の文字等を貴ぶことも亦かくのごとくなり、
現代語訳
またこう言われた。宇治の関白殿が、ある時、台所に行って火を焚く所を見ておられたところ、台所の者がこれを見て言った、何者だ、案内もなく御所の台所へ入るとは、と言って追い出された。その後、関白殿が先の粗末な衣服などを脱ぎ替えて、堂々と装束して出られた時、さきの台所の者は遠くから見て、恐れ入って逃げてしまった。その時、殿下は装束を竿の先にかけて拝まれた。人がこれを問うと、答えて言われた、自分が他人に貴ばれることは自分の徳ではない、ただこの装束のゆえである、と言われた。愚かな者が人を貴ぶことは、このとおりである。経や教えの文字などを貴ぶこともまた、このとおりである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・精通③德なる者は、萬民の宰なり。月なる者は、群陰の本なり。月望なれば則ち蚌蛤實ち、群陰盈つ。月晦なれば則ち蚌蛤虚しく、群陰虧く。夫れ月、天に形われて、群陰、淵に化す。聖人、德を己に行いて、四方咸仁に飭し。
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論語・衛霊公篇子曰く、由、徳を知る者は鮮なし。
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論語・為政篇子曰く、之を道びくに政を以てし、之を斉(ととの)うるに刑を以てすれば、民免れて恥無し。之を道びくに徳を以てし、之を斉うるに礼を以てすれば、恥有り且つ格(いた)る。
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論語・憲問篇南宮适、孔子に問いて曰く、「羿は射を善くし、奡は舟を盪かす。倶に其の死を得ざりき。禹・稷は躬ら稼して天下を有てり。」夫子答えず。南宮适出づ。子曰く、「君子なるかな若き人。徳を尚ぶかな若き人。」
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論語・為政篇子曰く、政を為すに徳を以てすれば、譬えば北辰其の所に居て衆星之に共(むか)うが如し。
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『墨子』親士是の故に天地は昭昭たらず、大水は潦潦たらず、大火は燎燎たらず、王徳は堯堯たらず。者は乃ち千人の長なり。其の直きこと矢の如く、其の平らかなること砥の如きは、萬物を覆うに足らず。是の故に谿の狹き者は速やかに涸れ、逝の淺き者は速やかに竭き、墝埆なる者は其の地育まず。王者の淳き澤も、宫中を出でざれば、則ち國に流るる能わず。