正法眼蔵随聞記 / 巻六
前夜に菩薩戒をうけ、三寶に歸して、臨終よくして終りぬれば、在家にて妻子に恩愛を惜み、狂亂して死せんよりは、尋常ならねども、去年思ひよりたりし時に、在家を離て寺にちかづき、僧になれて行道しておはりたらば、すぐれたらましと存ずるにつけても、佛道修行は後日を待つまじき事と覺るなり、
新字:前夜に菩薩戒をうけ、三宝に帰して、臨終よくして終りぬれば、在家にて妻子に恩愛を惜み、狂乱して死せんよりは、尋常ならねども、去年思ひよりたりし時に、在家を離て寺にちかづき、僧になれて行道しておはりたらば、すぐれたらましと存ずるにつけても、仏道修行は後日を待つまじき事と覚るなり、
書き下し
前夜に菩薩戒をうけ、三宝に帰して、臨終よくして終りぬれば、在家にて妻子に恩愛を惜み、狂乱して死せんよりは、尋常ならねども、去年思ひよりたりし時に、在家を離て寺にちかづき、僧になれて行道しておはりたらば、すぐれたらましと存ずるにつけても、仏道修行は後日を待つまじき事と覚るなり、
現代語訳
前夜に菩薩戒を受け、三宝に帰依して、臨終をよくして終わったのだから、在家のまま妻子への恩愛を惜しみ、取り乱して死ぬよりは、並ではない。けれども、去年思い立った時に、在家を離れて寺に近づき、僧になれて行道して終わったならば、まさっていたであろうと思うにつけても、仏道修行は後日を待ってはならない事だと覚るのである。
解説
その人の最期を、道元はまず並ではないと認めている。臨終の夜に戒を受けて安らかに終わったのだから、失敗ではない。それでもなお、去年踏み切っていればまさっていたと言うところに、この条の惜しさがある。可否ではなく、いつ始めたかが問われている。
この章句が説くこと
後日発心臨終恩愛出家惜
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