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正法眼蔵随聞記 / 巻一

我れ其の時自ら思はく、設ひ發病して死すべくとも猶只是れを修すべし、病ひ無ふして修せず、此の身をいたはり用ひて何の用ぞ、病ひして死せば本意なり、大宋國の善知識の會下にて、修し死に死して、よき僧にさばくられたらんは先づ勝緣なり、日本にで死せば、是れほどの人に如法佛家の儀式にて沙汰すべからず、修行していまだ契悟せざらん先に死せば、結緣として生を佛家に受くべし、修行せずして身を久く持ても詮無きなり、なんの用ぞ、況や身を全ふし病ひ起らじと思はんほどに、知らず亦海にも入り橫死にもあはん時は、後悔いかん、

新字:我れ其の時自ら思はく、設ひ発病して死すべくとも猶只是れを修すべし、病ひ無ふして修せず、此の身をいたはり用ひて何の用ぞ、病ひして死せば本意なり、大宋国の善知識の会下にて、修し死に死して、よき僧にさばくられたらんは先づ勝縁なり、日本にで死せば、是れほどの人に如法仏家の儀式にて沙汰すべからず、修行していまだ契悟せざらん先に死せば、結縁として生を仏家に受くべし、修行せずして身を久く持ても詮無きなり、なんの用ぞ、況や身を全ふし病ひ起らじと思はんほどに、知らず亦海にも入り横死にもあはん時は、後悔いかん、

書き下し

我れ其の時自ら思はく、設ひ発病して死すべくとも猶只是れを修すべし、病ひ無ふして修せず、此の身をいたはり用ひて何の用ぞ、病ひして死せば本意なり、大宋国の善知識の会下にて、修し死に死して、よき僧にさばくられたらんは先づ勝縁なり、日本にで死せば、是れほどの人に如法仏家の儀式にて沙汰すべからず、修行していまだ契悟せざらん先に死せば、結縁として生を仏家に受くべし、修行せずして身を久く持ても詮無きなり、なんの用ぞ、況や身を全ふし病ひ起らじと思はんほどに、知らず亦海にも入り横死にもあはん時は、後悔いかん、

現代語訳

わたしはそのとき自ら思った。たとえ病を発して死ぬとしても、なおただこれを修めるべきである。病がなくて修めず、この身をいたわり用いて何の役に立つのか。病んで死ぬなら本意である。大宋国の善知識の会下で、修めながら死んで、よき僧として葬られるならば、まず勝れた縁である。日本で死ねば、これほどの人によって、法のとおりの仏家の儀式で執り行われることはあるまい。修行してまだ悟りに契わないうちに死ねば、結縁として次の生を仏家に受けるであろう。修行せずに身を長く保っても甲斐がない、何の役に立つのか。まして身を全うして病が起こるまいと思っているうちに、思いがけず海にも入り、横死にも遭うときは、後悔はどうするのか。

解説

自分に向けた反問が続けざまに並ぶ。惜しんで得られるものと、惜しまずに失うものを一つずつ突き合わせ、どの筋道でも修めるほうが勝ると結論している。死ぬこと自体を恐れないのではなく、修めずに長らえることのほうを恐れている。横死に遭えば惜しんだ甲斐もないという一句が、身を守る計算そのものを崩している。

この章句が説くこと

覚悟無常修行後悔坐禅

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