正法眼蔵随聞記 / 巻六
僧の損ずることは多く富貴より起るなり、如來在世調達が嫉妬を起せしことも、日に五百車の供養より起れり、唯自らを損するのみに非ず、亦他をして惡をなさしむる因緣なり、實の學道の人、何としてか富貴となるべき、たとひ淨信の供養も、多くつもらば恩の思ひを作して報を思ふべし、此の國の人は亦我が爲に利を思ひて施をいたす、笑ひて向へる者によく與るはさだまれる世の道理なり、只他の心にしたがはんとしてなさば、これ學道の障りなるべし、只飢を忍び寒を忍で一向に學道すべきなり、
新字:僧の損ずることは多く富貴より起るなり、如来在世調達が嫉妬を起せしことも、日に五百車の供養より起れり、唯自らを損するのみに非ず、亦他をして悪をなさしむる因縁なり、実の学道の人、何としてか富貴となるべき、たとひ浄信の供養も、多くつもらば恩の思ひを作して報を思ふべし、此の国の人は亦我が為に利を思ひて施をいたす、笑ひて向へる者によく与るはさだまれる世の道理なり、只他の心にしたがはんとしてなさば、これ学道の障りなるべし、只飢を忍び寒を忍で一向に学道すべきなり、
書き下し
僧の損ずることは多く富貴より起るなり、如来在世調達が嫉妬を起せしことも、日に五百車の供養より起れり、唯自らを損するのみに非ず、亦他をして悪をなさしむる因縁なり、実の学道の人、何としてか富貴となるべき、たとひ浄信の供養も、多くつもらば恩の思ひを作して報を思ふべし、此の国の人は亦我が為に利を思ひて施をいたす、笑ひて向へる者によく与るはさだまれる世の道理なり、只他の心にしたがはんとしてなさば、これ学道の障りなるべし、只飢を忍び寒を忍で一向に学道すべきなり、
現代語訳
僧が損なわれることは、多く富貴から起こるのである。如来在世に提婆達多が嫉妬を起こしたことも、日に五百車の供養から起こった。ただ自分を損なうだけでなく、また他人に悪をなさせる因縁である。真実の学道の人が、どうして富貴になってよかろうか。たとえ浄らかな信心の供養であっても、多く積もれば恩の思いを起こして報いを思うようになる。この国の人はまた自分のために利を思って施しをする。笑って向かう者によく与えるのは、決まった世の道理である。ただ相手の心に従おうとして行うならば、これは学道の障りとなろう。ただ飢えを忍び寒さを忍んで、ひたすら学道すべきである。
解説
この章句が説くこと
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