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正法眼蔵随聞記 / 巻六

まのあたり見しことは、西川の僧遠方より來れりし故に、所持の物なし、纔に墨二三丁もてり、そのあたひ兩三百文、此國の兩三十文にあたれるを持て、唐土の紙の下品なる、極めて弱きを買ひとりて、襖ま或は袴などに作てきぬれば、起ち居に破るゝおとして、あさましきをも顧みず、うれへざるなり、或る人の云く、汝郷里にかへりて、道具裝束とゝのへよと、答て云く、郷里遠方なり、路次の間に光陰を空ふして、學道の時を失せんことを憂ふと云て、猶更に寒をも愁へずして、學道せしなり、しかある故に、大國にはよき人も出來るなり、

新字:まのあたり見しことは、西川の僧遠方より来れりし故に、所持の物なし、纔に墨二三丁もてり、そのあたひ両三百文、此国の両三十文にあたれるを持て、唐土の紙の下品なる、極めて弱きを買ひとりて、襖ま或は袴などに作てきぬれば、起ち居に破るゝおとして、あさましきをも顧みず、うれへざるなり、或る人の云く、汝郷里にかへりて、道具装束とゝのへよと、答て云く、郷里遠方なり、路次の間に光陰を空ふして、学道の時を失せんことを憂ふと云て、猶更に寒をも愁へずして、学道せしなり、しかある故に、大国にはよき人も出来るなり、

書き下し

まのあたり見しことは、西川の僧遠方より来れりし故に、所持の物なし、纔に墨二三丁もてり、そのあたひ両三百文、此国の両三十文にあたれるを持て、唐土の紙の下品なる、極めて弱きを買ひとりて、襖ま或は袴などに作てきぬれば、起ち居に破るゝおとして、あさましきをも顧みず、うれへざるなり、或る人の云く、汝郷里にかへりて、道具装束とゝのへよと、答て云く、郷里遠方なり、路次の間に光陰を空ふして、学道の時を失せんことを憂ふと云て、猶更に寒をも愁へずして、学道せしなり、しかある故に、大国にはよき人も出来るなり、

現代語訳

目の当たりに見たことは、西川の僧が遠方から来たので持ち物がなかった。わずかに墨を二、三丁持っていた。その価は二、三百文、この国の二、三十文にあたるものを持って、唐土の紙の粗末で極めて弱いのを買い取り、袷や袴などに作って着たので、立ち居に破れる音がした。その見苦しさをも顧みず、憂えなかった。ある人が言った、お前は郷里に帰って道具や装束を整えよ、と。答えて言った、郷里は遠方である、道中で時を空しくして、学道の時を失うことを憂える、と言って、なおさら寒さをも憂えずに学道したのである。そういうわけで、大国には良い人も出るのである。

解説

見聞の記録として具体が細かい。墨の値段まで書かれ、紙の衣が立ち居のたびに破れる音まで書かれる。この僧が憂えたのは寒さでも体裁でもなく、往復にかかる時間だけだった。前段の、何を憂えるかという主題が一人の姿で示されている。惜しんでいる物が違うと、同じ貧しさが別の意味を持ってくる。寒さを惜しむ人と、時間を惜しむ人とでは、同じ一日の使い方が変わる。

この章句が説くこと

貧光陰恥支度学道時

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