正法眼蔵随聞記 / 巻六
雜話の次でに示して云く、學道の人衣食にわづらふことなかれ、此の國は邊地小國なりといへども、昔も今も顯密の二教に名を得後代にも人にも知られたる人おほし、或は詩歌管絃の家、文武學藝の才、其道を嗜む人もおほし、かくの如き人々未だ一人も衣食に豐かなりと云ことを聞かず、皆貧を忍び他事を忘れて、一向に其の道を好むゆゑに、其の名をも得るなり、いはんや祖門學道の人は、渡世を捨てゝ一切名利に走らず、何とかして豐かなるべきぞ、
新字:雑話の次でに示して云く、学道の人衣食にわづらふことなかれ、此の国は辺地小国なりといへども、昔も今も顕密の二教に名を得後代にも人にも知られたる人おほし、或は詩歌管絃の家、文武学芸の才、其道を嗜む人もおほし、かくの如き人々未だ一人も衣食に豊かなりと云ことを聞かず、皆貧を忍び他事を忘れて、一向に其の道を好むゆゑに、其の名をも得るなり、いはんや祖門学道の人は、渡世を捨てゝ一切名利に走らず、何とかして豊かなるべきぞ、
書き下し
雑話の次でに示して云く、学道の人衣食にわづらふことなかれ、此の国は辺地小国なりといへども、昔も今も顕密の二教に名を得後代にも人にも知られたる人おほし、或は詩歌管絃の家、文武学芸の才、其道を嗜む人もおほし、かくの如き人々未だ一人も衣食に豊かなりと云ことを聞かず、皆貧を忍び他事を忘れて、一向に其の道を好むゆゑに、其の名をも得るなり、いはんや祖門学道の人は、渡世を捨てゝ一切名利に走らず、何とかして豊かなるべきぞ、
現代語訳
雑談のついでに示して言われた。学道の人は衣食に思い煩ってはならない。この国は辺地の小国ではあるけれども、昔も今も顕教密教の二つの教えに名を得て、後の代にも人に知られた人は多い。あるいは詩歌管弦の家、文武学芸の才で、その道を嗜む人も多い。このような人々で、いまだ一人も衣食に豊かであったと聞いたことがない。みな貧を忍び、他の事を忘れて、ひたすらその道を好んだゆえに、その名をも得たのである。まして禅門で学道する人は、世渡りを捨てて一切の名利に走らない。どうして豊かになれようか。
解説
この章句が説くこと
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『正法眼蔵随聞記』巻三我身も田園等を持たる時もありき、亦財宝を領せし時もありき、彼の時の身心と、此のころ貧ふして衣盂にともしき時とを比するに、当時の心すくれたりと覚ゆる、是れ現證なり亦云く、
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『正法眼蔵随聞記』巻四竜牙云く、学道先ッ須シ且学貧ヲ、学貧貧後ニ道方ニ親と云ふ、昔し釈尊より今に至るまで、真実学道の人たからにゆたかなりとは聞かず見ざるなり、
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『正法眼蔵随聞記』巻六示して云く、伝へ聞く、昔日雪峰山の開山の時は、寺貧窮にして、或は絶烟し、或は綠豆飯をむして食して、日を送て学道せしかども、後には一千五百人の僧常に断たざるなり、昔しの人はかくのごとし、今もまたかくのごとくなるべし、
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『正法眼蔵随聞記』巻五大宋国によき僧と人にも知られたる人は、皆貧窮人なり、衣服もやぶれ、諸縁も乏しきなり、往日天童山の書記道如上座と云し人は、官人宰相の子なり、しかれとも親族をも遠離し、世利を貪らざりしかば、衣服のやつれ破壊したること、目もあてられざりしかとも、道徳人に知られて、名山大寺の書記とも成られしなり、予あるとき如上座に問て云く、和尚は官人の子息にて富貴の種族なり、何ぞ身にちかづくる物、皆下品にして貧窮なるや、如上座答て云く、僧となればなり、
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『正法眼蔵随聞記』巻三貧ふして道を思ふは先賢古聖の仰ぐ所、諸仏諸祖の喜ぶ所ろなり、近来仏法の衰微しゆくこと眼前にあり、余始て建仁寺に入りし時見しと、後七八年過て見しと、次第にかはりゆくことは、寺の寮寮に塗籠をおき、各各器物を持し、美服を好み、財物を貯へ、放逸の言語を好み、問訊礼拝等の衰微することを以て思ふに、余所も推察せらるゝなり、仏法者は衣盂の外に財宝等を一切持べからず、なにを置んが為に塗籠をしつらふべきぞ、
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『正法眼蔵随聞記』巻三爾りしこのかた、天竺漢土の祖師の、よきと人にも知られしは、みな貧窮乞食なさしめ給ふなり、況や我が門の祖師、皆な財宝を貯ふべからずとのみ勧むるなり、教家にも此宗を讃するには、先つ貧をほめ、伝来の書録にも貧を記してほむるなり、いまた財宝に富み、豊かにして仏法を行するとは聞かず、皆よき仏法者と云ふは、或は布納衣常乞食なり、禅門をよき宗と云ひ、禅僧を他に異なりとする初の興りは、むかし教院律院等に雑居せし時にも、身を捨てゝ貧人なるを以てなり、宗門の家風先つ此のことを存知すへし、聖教の文理を待つべきにあらす、

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