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正法眼蔵随聞記 / 巻三

我身も田園等を持たる時もありき、亦財寶を領せし時もありき、彼の時の身心と、此のころ貧ふして衣盂にともしき時とを比するに、當時の心すくれたりと覺ゆる、是れ現證なり亦云く、

新字:我身も田園等を持たる時もありき、亦財宝を領せし時もありき、彼の時の身心と、此のころ貧ふして衣盂にともしき時とを比するに、当時の心すくれたりと覚ゆる、是れ現證なり亦云く、

書き下し

我身も田園等を持たる時もありき、亦財宝を領せし時もありき、彼の時の身心と、此のころ貧ふして衣盂にともしき時とを比するに、当時の心すくれたりと覚ゆる、是れ現證なり亦云く、

現代語訳

わたし自身も田園などを持っていた時もあった。また財宝を領していた時もあった。その時の身心と、このごろ貧しくて衣も鉢も乏しい時とを比べるに、今の心のほうが勝っていると思われる。これが目の前の証しである。

解説

貧を勧めた長い議論の締めくくりを、自分の比較で置く。持っていた時と持たない今を、同じ一人の心で比べられるのは本人だけであり、これを現証と呼ぶ。教理でも先例でもなく、自分の経験を証拠として示すやり方で、前段の、聖教の文理を待つまでもないという言葉と対応している。

この章句が説くこと

現証経験身心比較

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