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正法眼蔵随聞記 / 巻五

示して云く、俗の野諺に云く、啞せず聾せざれば家公とならずと、云こゝろは、人の毀謗をきかず、人の不可をいはざれば、よく我が事を成ずるなり、かくのごとくなる人を、家の大人とするなりと、是れ野諺なりといへども、是を取て納僧の行履に用ゆべし、他のそしりにとりあはず、他の恨みにとりあはず、他の是非をいはずして、如何んが道を行せん、徹骨徹髓の者は是を得べきなり、示して云く、

新字:示して云く、俗の野諺に云く、啞せず聾せざれば家公とならずと、云こゝろは、人の毀謗をきかず、人の不可をいはざれば、よく我が事を成ずるなり、かくのごとくなる人を、家の大人とするなりと、是れ野諺なりといへども、是を取て納僧の行履に用ゆべし、他のそしりにとりあはず、他の恨みにとりあはず、他の是非をいはずして、如何んが道を行せん、徹骨徹髄の者は是を得べきなり、示して云く、

書き下し

示して云く、俗の野諺に云く、啞せず聾せざれば家公とならずと、云こゝろは、人の毀謗をきかず、人の不可をいはざれば、よく我が事を成ずるなり、かくのごとくなる人を、家の大人とするなりと、是れ野諺なりといへども、是を取て納僧の行履に用ゆべし、他のそしりにとりあはず、他の恨みにとりあはず、他の是非をいはずして、如何んが道を行せん、徹骨徹髄の者は是を得べきなり、示して云く、

現代語訳

示して言われた。俗世の諺に言う、口をきかず耳を聞かないのでなければ、家の主人とはならない、と。言う心は、人のそしりを聞かず、人の不可を言わなければ、よく自分の事を成し遂げるのである。このような人を家の大人とするのだ、と。これは野の諺であるけれども、これを取って修行僧のふるまいに用いるべきである。他人のそしりに取り合わず、他人の恨みに取り合わず、他人の是非を言わずに、どうして道を行じないでいられようか。骨に徹し髄に徹する者は、これを得るはずである。

解説

俗世の諺を、そのまま修行の作法に転用している。聞かないこと、言わないことを積極的な力と見る立場で、前の巻に出た、諍論をやめよという教えと重なる。骨に徹し髄に徹する者という言い方が、これが生半可には身につかない態度であることを示している。

この章句が説くこと

沈黙諍論毀謗恨み是非

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