墨子 / 公孟
公孟子謂子墨子曰:「君子共己以待,問焉則言,不問焉則止。譬若鍾然,扣則鳴,不扣則不鳴。」子墨子曰:「是言有三物焉,子乃今知其一身也,又未知其所謂也。若大人行淫暴於國家,進而諫,則謂之不遜,因左右而獻諌,則謂之言議。此君子之所疑惑也。若大人為政,将因於國家之難,譬若機之将發也然,君子之必以諌,然而大人之利,若此者,雖不扣必鳴者也。
新字:公孟子謂子墨子曰:「君子共己以待,問焉則言,不問焉則止。譬若鍾然,扣則鳴,不扣則不鳴。」子墨子曰:「是言有三物焉,子乃今知其一身也,又未知其所謂也。若大人行淫暴於国家,進而諫,則謂之不遜,因左右而献諌,則謂之言議。此君子之所疑惑也。若大人為政,将因於国家之難,譬若機之将発也然,君子之必以諌,然而大人之利,若此者,雖不扣必鳴者也。
書き下し
公孟子、子墨子に謂いて曰く、「君子は己を共しくして待ち、問わるれば則ち言い、問われざれば則ち止む。譬えば鍾の然るが若し。扣てば則ち鳴り、扣たざれば則ち鳴らず」と。子墨子曰く、「是の言に三物有り。子は乃ち今、其の一身を知るのみ。又た未だ其の謂う所を知らざるなり。若し大人、淫暴を國家に行わば、進みて諫むれば、則ち之を不遜と謂い、左右に因りて諌を獻ずれば、則ち之を言議と謂う。此れ君子の疑惑する所なり。若し大人、政を為すに、将に國家の難に因らんとし、譬えば機の将に發せんとするが若く然らば、君子の必ず以て諌むるは、然れども大人の利なり。此くの若き者は、扣たざると雖も必ず鳴る者なり。
現代語訳
公孟子が墨子に言った。「君子は身を慎んで待ち、問われれば答え、問われなければ黙っている。たとえば鐘のようなものだ。撞けば鳴り、撞かなければ鳴らない」。墨子が言った。「その言葉には三つの中身がある。あなたはいまその一つを知っているだけで、その意味するところをまだ分かっていない。もし上に立つ者が国家に乱暴を行えば、進み出て諌めれば無礼だと言われ、側近を通して諌めを差し出せば陰口だと言われる。これが君子の迷うところだ。もし上に立つ者が政治を行っていて、いままさに国家の危難を招こうとし、仕掛けが今にも発しようとしているようなときは、君子が必ず諌めることこそ、上に立つ者の利になる。こういう場合は、撞かれなくても必ず鳴るものである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』尚同下何を以て其の然るを知るや。先王の書に於けるや、大誓の言、然り。曰く、「小人、姦巧を見て乃ち聞くも、言わざれば、發せらるる罪は鈞し」と。此れ淫僻を見て以て告げざる者は、其の罪も亦た猶お淫僻なる者のごときを言うなり。
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『墨子』非儒下又た曰く、「吾子は鐘の若し。之を擊てば則ち鳴り、擊たざれば鳴らず」と。之に應じて曰く、夫れ仁人は上に事うるに忠を竭くし、親に事うるに孝を得、善を務むれば則ち美とし、過ち有れば則ち諫む。此れ人臣の道たり。今、之を擊てば則ち鳴り、擊たざれば鳴らずとは、知を隠し力を豫し、恬漠として問を待ちて後に對うるなり。君親の大利有りと雖も、問わざれば言わず。若し将に大寇亂有り、盜賊、将に作らんとし、機辟の将に發せんとするがごとくにして、他人は知らず、己れ獨り之を知るも、其の君親、皆な在りと雖も、問わざれば言わず。是れ夫れ大亂の賊なり。是を以て人臣と為れば不忠、子と為れば不孝、兄に事うれば不弟、人に交遇すれば不貞良なり。夫れ後れて言わざるの朝を執り、物、利を見て使わるるも、已に後れて言わんことを恐ると雖も、君、若し言いて未だ利有らざれば、則ち髙く拱きて下を視、噎を㑹して深しと為し、曰く、「惟だ其れ未だ之を學ばざるなり」と。誰か急を用いんに、行を遺すこと逺し。
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『墨子』親士是の故に其の難き所を為す者は、必ず其の欲する所を得ん。未だ其の欲する所を為して、其の惡む所を免るる者を聞かざるなり。是の故に偪臣は君を傷り、諂下は上を傷る。君には必ず弗弗の臣有り、上には必ず詻詻の下有り。分議する者は延延たり、而して支輔する者は詻詻たり、焉ち以て長く生きて國を保つ可し。臣下、其の爵位を重んじて言わず、近臣は則ち喑く、逺臣は則ち唫し、怨み民心に結び、諂䛕、側に在り、善議、障塞せらるれば、則ち國危うし。桀紂は其れ天下の士無きを以てせざるか。其の身を殺して天下を喪う。故に曰く、「國の寳を歸すは、賢を獻じて士を進むるに若かず」と。
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論語・季氏篇孔子曰く、禄の公室を去ること、五世なり。政の大夫に逮ぶこと、四世なり。故に夫の三桓の子孫、微なり。
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『墨子』尚同下然らば則ち一天下の義を同じくせんと欲せば、將に奈何せば可ならんとするか。故に子墨子言いて曰く、「然らば胡ぞ賞して家君をして試みに家君を用いしめ、憲を發し令を布かしめざる。其の家に曰く、『若し家を愛し利する者を見れば、必ず以て告げよ。若し家を惡み賊う者を見れば、亦た必ず以て告げよ。若し家を愛し利するを見て以て告ぐれば、亦た猶お家を愛し利する者のごときなり。上、得て且つ之を賞し、衆、聞けば則ち之を譽めん。若し家を惡み賊うを見て以て告げざれば、亦た猶お家を惡み賊う者のごときなり。上、得て且つ之を罰し、衆、聞けば則ち之を非とせん』と」。是を以て若の家の人に徧く、皆な其の長上の賞譽を得て、其の毁罰を辟けんと欲す。是を以て之を善しと言い、之を不善と言う。家君、善人を得て之を賞し、暴人を得て之を罰す。善人の賞せられて、暴人の罰せらるれば、則ち家必ず治まらん。然らば若の家の治まる所以の者を計るに何ぞや。唯だ尚同一義を以て政を為す故なり。
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『管子』宙合「大いに度儀を揆るに、覺むるが若く卧すが若く、晦きが若く明るきが若し」とは、色を淵くして以て自ら詰るを言うなり。静默して以て慮を審らかにし、賢に依りて用う可きなり。仁良既に明らかに、可不利害の理に通じ、發蒙に循うなり。故に曰く「覺むるが若く卧すが若く、晦きが若く明るきが若く、敖の堯に在るが若し」と。