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正法眼蔵随聞記 / 巻五

學道の爲にさはりと成るべき事をば、重て是に近づくべからず、善友にはくるしくわびしくとも、近づきて行道すべきなり、示して云く、大慧禪師ある時尻に腫物出ぬれば、醫師此を見て大事の物なりと云ふ、慧の云く、大事の物ならば死ぬべきや否や、醫師云くほとんどあやふかるべし、慧の云く、若し死ぬべくんば彌よ坐禪すべしと云て、猶ほ强て坐しければ、其の腫物うみつぶれて別の事なかりき、古人の心かくのごとし、病をうけては彌よ坐禪せしなり、

新字:学道の為にさはりと成るべき事をば、重て是に近づくべからず、善友にはくるしくわびしくとも、近づきて行道すべきなり、示して云く、大慧禅師ある時尻に腫物出ぬれば、医師此を見て大事の物なりと云ふ、慧の云く、大事の物ならば死ぬべきや否や、医師云くほとんどあやふかるべし、慧の云く、若し死ぬべくんば弥よ坐禅すべしと云て、猶ほ强て坐しければ、其の腫物うみつぶれて別の事なかりき、古人の心かくのごとし、病をうけては弥よ坐禅せしなり、

書き下し

学道の為にさはりと成るべき事をば、重て是に近づくべからず、善友にはくるしくわびしくとも、近づきて行道すべきなり、示して云く、大慧禅師ある時尻に腫物出ぬれば、医師此を見て大事の物なりと云ふ、慧の云く、大事の物ならば死ぬべきや否や、医師云くほとんどあやふかるべし、慧の云く、若し死ぬべくんば弥よ坐禅すべしと云て、猶ほ强て坐しければ、其の腫物うみつぶれて別の事なかりき、古人の心かくのごとし、病をうけては弥よ坐禅せしなり、

現代語訳

学道のために障りとなるはずの事には、重ねてこれに近づいてはならない。善い友には、苦しく侘しくとも、近づいて道を行ずべきである。示して言われた。大慧禅師があるとき尻に腫物が出たので、医師がこれを見て大事の物であると言った。慧が言った。大事の物であるならば死ぬのか、どうか、と。医師が言った。ほとんど危ういでしょう、と。慧が言った。もし死ぬのであれば、いよいよ坐禅すべきである、と言って、なお強いて坐したところ、その腫物は膿んで潰れて別条なかった。古人の心はこのようである。病を受けてはいよいよ坐禅したのである。

解説

近づくべき縁と避けるべき縁を一言ずつ示してから、大慧の逸話に入る。死ぬかもしれないと聞いて、坐る回数を増やすという反応が意表を突く。結果として腫物は治ったと記されるが、そこが要点ではなく、条件が悪いときにこそ強めるという構えが古人の心として示されている。

この章句が説くこと

善友坐禅大慧覚悟

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