正法眼蔵随聞記 / 巻五
示して云く、先師全和尙入宋せんとせし時、本師叡山の明融阿閣梨、重病起り病床にしづみ、既に死せんとす、其の時かの師云く、我既に老病起り、死去せんこと近きにあり、今度暫く入宋をとゝまりたまひて、我が老病を扶けて、冥路を弔ひて、然して死去の後其の本意をとけらるべしと、時に先師弟子法類等を集めて評議して云く、我れ幼少の時雙親の家を出て、後より此の席の養育を蒙ていま成長せり、其の養育の恩最も重し、亦出世の法門、大小權實の教文、因果をわきまへ、是非をしりて、同輩にも超え、名譽を得たること、亦佛法の道理を知て、今入宋求法の志しを起すまても、偏に此の師の恩に非ずと云ことなし、然るに今年すてに老極して重病の床に臥したまへり、餘命存しがたし、再會期すべきにあらず、故にあなかちに是を留めたまふ、師の命もそむき難し、今ま身命を顧みす入宋求法するも、菩薩の大悲利生の爲なり、師の命を背て宋土に行ん道理有りや否や、各の思はるゝ處をのべらるゝべしと、
新字:示して云く、先師全和尚入宋せんとせし時、本師叡山の明融阿閣梨、重病起り病床にしづみ、既に死せんとす、其の時かの師云く、我既に老病起り、死去せんこと近きにあり、今度暫く入宋をとゝまりたまひて、我が老病を扶けて、冥路を弔ひて、然して死去の後其の本意をとけらるべしと、時に先師弟子法類等を集めて評議して云く、我れ幼少の時双親の家を出て、後より此の席の養育を蒙ていま成長せり、其の養育の恩最も重し、亦出世の法門、大小権実の教文、因果をわきまへ、是非をしりて、同輩にも超え、名誉を得たること、亦仏法の道理を知て、今入宋求法の志しを起すまても、偏に此の師の恩に非ずと云ことなし、然るに今年すてに老極して重病の床に臥したまへり、余命存しがたし、再会期すべきにあらず、故にあなかちに是を留めたまふ、師の命もそむき難し、今ま身命を顧みす入宋求法するも、菩薩の大悲利生の為なり、師の命を背て宋土に行ん道理有りや否や、各の思はるゝ処をのべらるゝべしと、
書き下し
示して云く、先師全和尚入宋せんとせし時、本師叡山の明融阿閣梨、重病起り病床にしづみ、既に死せんとす、其の時かの師云く、我既に老病起り、死去せんこと近きにあり、今度暫く入宋をとゝまりたまひて、我が老病を扶けて、冥路を弔ひて、然して死去の後其の本意をとけらるべしと、時に先師弟子法類等を集めて評議して云く、我れ幼少の時双親の家を出て、後より此の席の養育を蒙ていま成長せり、其の養育の恩最も重し、亦出世の法門、大小権実の教文、因果をわきまへ、是非をしりて、同輩にも超え、名誉を得たること、亦仏法の道理を知て、今入宋求法の志しを起すまても、偏に此の師の恩に非ずと云ことなし、然るに今年すてに老極して重病の床に臥したまへり、余命存しがたし、再会期すべきにあらず、故にあなかちに是を留めたまふ、師の命もそむき難し、今ま身命を顧みす入宋求法するも、菩薩の大悲利生の為なり、師の命を背て宋土に行ん道理有りや否や、各の思はるゝ処をのべらるゝべしと、
現代語訳
示して言われた。先師の明全和尚が宋に入ろうとした時、本師である叡山の明融阿闍梨が重病を起こして病床に沈み、すでに死のうとしていた。その時、その師が言った。わたしはすでに老いて病を起こし、死去することが近い。このたびはしばらく入宋をとどまられて、わたしの老病を助け、冥途を弔って、そうして死去の後にその本意を遂げられるがよい、と。その時、先師は弟子や法類たちを集めて評議して言った。わたしは幼少の時に両親の家を出て、その後この席の養育を蒙って今成長した。その養育の恩はもっとも重い。また出世の法門、大小権実の教えの文、因果をわきまえ、是非を知って、同輩にも超え、名誉を得たことも、また仏法の道理を知って、今、入宋求法の志を起こすまでも、ひとえにこの師の恩でないということはない。ところが今年すでに老いきわまって、重病の床に臥しておられる。余命は保ちがたい。再会を期すべくもない。だから切にこれをお止めになる。師の命も背きがたい。今、身命を顧みず入宋して法を求めるのも、菩薩の大悲によって衆生を利するためである。師の命に背いて宋の地に行く道理があるかどうか。それぞれ思われるところを述べられよ、と。
解説
この章句が説くこと
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