正法眼蔵随聞記 / 巻五
昔眞淨文和尙衆に示して云く、我むかし雲峰とちぎりをむすんで學道せしとき、雲峰同學と法門を論し、衆寮にてたかひに高聲に論談し、つゐには互に惡口に及び、諠譁しき、諍論巳にやんで、雲峰我れに謂て云く、我と汝と同心同學なり、契約淺からず、何が故そ、我れ人とあらそふに口入をせざるやと、我れそのとき揖して恐惶せるのみなり、其の後彼も一方の善知識たり、我れも今住持たり、往日おもへらく雲峰の論談畢竟無用なり、況や諍論は定りて僻事なり、靜ふて何の用ぞと思ひしかば、我は無言にして止りぬと云ふ、
新字:昔真浄文和尚衆に示して云く、我むかし雲峰とちぎりをむすんで学道せしとき、雲峰同学と法門を論し、衆寮にてたかひに高声に論談し、つゐには互に悪口に及び、諠譁しき、諍論巳にやんで、雲峰我れに謂て云く、我と汝と同心同学なり、契約浅からず、何が故そ、我れ人とあらそふに口入をせざるやと、我れそのとき揖して恐惶せるのみなり、其の後彼も一方の善知識たり、我れも今住持たり、往日おもへらく雲峰の論談畢竟無用なり、況や諍論は定りて僻事なり、静ふて何の用ぞと思ひしかば、我は無言にして止りぬと云ふ、
書き下し
昔真浄文和尚衆に示して云く、我むかし雲峰とちぎりをむすんで学道せしとき、雲峰同学と法門を論し、衆寮にてたかひに高声に論談し、つゐには互に悪口に及び、諠譁しき、諍論巳にやんで、雲峰我れに謂て云く、我と汝と同心同学なり、契約浅からず、何が故そ、我れ人とあらそふに口入をせざるやと、我れそのとき揖して恐惶せるのみなり、其の後彼も一方の善知識たり、我れも今住持たり、往日おもへらく雲峰の論談畢竟無用なり、況や諍論は定りて僻事なり、静ふて何の用ぞと思ひしかば、我は無言にして止りぬと云ふ、
現代語訳
昔、真浄文和尚が衆に示して言われた。わたしは昔、雲峰と契りを結んで道を学んだ時、雲峰が同学と法門を論じ、僧堂の寮で互いに高い声で論じ合い、ついには互いに悪口に及んで、やかましく言い争った。論争がすでに止んで、雲峰がわたしに言った。わたしとおまえとは心を同じくして共に学ぶ仲だ。契約は浅くない。どうして、わたしが人と争っているのに口添えをしないのか、と。わたしはその時、会釈して恐れ入っただけであった。その後、彼も一方の善知識となり、わたしも今住持である。かつて思ったことは、雲峰の論談はつまるところ無用である。まして論争は決まって僻事である。静かにしていて何の用があるのかと思ったので、わたしは無言のままでいたのである、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『正法眼蔵随聞記』巻一亦云く、大衆不対の時、我れ南泉ならば、大衆既に道不得と云て、便ち猫児を放下してまじ、古人の云く、大用現前して軌則を存せずと、
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孫子・地形篇卒を視ること嬰児の如し、故に之と深谿に赴くべし。卒を視ること愛子の如し、故に之と俱に死すべし。厚くして使う能わず、愛して令する能わず、乱れて治むる能わざれば、譬えば驕子の若く、用うべからざるなり。
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『墨子』貴義子墨子曰く、今、瞽、「鉅なる者は白なり、黔なる者は黒なり」と曰う。眀目なる者と雖も以て之を易うる無し。白黒を兼ねて、瞽をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、瞽の白黒を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、其の取るを以てするなり。今、天下の君子の仁を名づくるや、禹湯と雖も以て之を易うる無し。仁と不仁とを兼ねて、天下の君子をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、天下の君子の仁を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、亦た其の取るを以てするなり。
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李衛公問対・卷下朕、千章萬句を觀るに、『多方以て之を誤らしむ』の一句を出でざるのみ。
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論語・先進篇子曰く、論の篤きに是れ与せば、君子者か、色荘者か。
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孫子・行軍篇丘陵堤防には、必ず其の陽に処りて、之を右背にす。此れ兵の利、地の助けなり。上に雨ふり、水沫至らば、渉らんと欲する者は、其の定まるを待て。