正法眼蔵随聞記 / 巻五
示して云く、古へに謂ゆる君子の力は牛に勝れり、然あれども牛とあらそはすと、今の學人我が智慧才學人に勝れたりと存するとも、人と諍論を好むことなかれ、亦惡口を以て人を呵噴し、怒目を以て人を見ることなかれ、今時の人多く財をあたへ恩を施せども、瞋恚を現じ、悪口を以て謗言する故に、必ず逆心を起すなり、
新字:示して云く、古へに謂ゆる君子の力は牛に勝れり、然あれども牛とあらそはすと、今の学人我が智慧才学人に勝れたりと存するとも、人と諍論を好むことなかれ、亦悪口を以て人を呵噴し、怒目を以て人を見ることなかれ、今時の人多く財をあたへ恩を施せども、瞋恚を現じ、悪口を以て謗言する故に、必ず逆心を起すなり、
書き下し
示して云く、古へに謂ゆる君子の力は牛に勝れり、然あれども牛とあらそはすと、今の学人我が智慧才学人に勝れたりと存するとも、人と諍論を好むことなかれ、亦悪口を以て人を呵噴し、怒目を以て人を見ることなかれ、今時の人多く財をあたへ恩を施せども、瞋恚を現じ、悪口を以て謗言する故に、必ず逆心を起すなり、
現代語訳
示して言われた。古に、いわゆる君子の力は牛にまさっている。しかしながら牛とは争わない、と。今の学人が、自分の智慧や才学が人にまさっていると思うとしても、人と争い論ずることを好んではならない。また悪口をもって人を叱りつけ、怒った目で人を見てはならない。今どきの人は多く、財を与え恩を施しても、瞋恚を現し、悪口をもってそしる言葉を言うので、必ず相手が逆らう心を起こすのである。
解説
力があることと争わないことを両立させた、牛の比喩が中心にある。勝てるからこそ争わないという構えで、藺相如の条とも重なる。後半は、恩を施しながら言葉で台無しにする例に移り、与えたのに逆らわれる理由を、施しの中身ではなく言い方に見ている。
この章句が説くこと
諍論君子牛悪口瞋恚布施
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