正法眼蔵随聞記 / 巻五
亦云く、秦の始皇のとき、太子の花園をひろめんとの玉ふ、臣の云く、最もよし、花園ひろふして鳥獸多く集りたらば、鳥獸を以て隣國の軍を防くべしやと、是に依て其の事止まりぬ、亦宮殿を作り、柱を漆にぬらんと言ふ、臣の云く、最も然るべし、柱をぬりたらんには、敵とゞまらんかと、然あれば其の事も止りぬ、儒教の心はかくのごとく、たくみに言を以て惡事をとヾめ、善事をすゝめしなり、衲子の人を化する意巧も、其の心有べきなり、一日僧問て云く、智者の無道心なると、無智の有道心なると、始終いかん、
新字:亦云く、秦の始皇のとき、太子の花園をひろめんとの玉ふ、臣の云く、最もよし、花園ひろふして鳥獣多く集りたらば、鳥獣を以て隣国の軍を防くべしやと、是に依て其の事止まりぬ、亦宮殿を作り、柱を漆にぬらんと言ふ、臣の云く、最も然るべし、柱をぬりたらんには、敵とゞまらんかと、然あれば其の事も止りぬ、儒教の心はかくのごとく、たくみに言を以て悪事をとヾめ、善事をすゝめしなり、衲子の人を化する意巧も、其の心有べきなり、一日僧問て云く、智者の無道心なると、無智の有道心なると、始終いかん、
書き下し
亦云く、秦の始皇のとき、太子の花園をひろめんとの玉ふ、臣の云く、最もよし、花園ひろふして鳥獣多く集りたらば、鳥獣を以て隣国の軍を防くべしやと、是に依て其の事止まりぬ、亦宮殿を作り、柱を漆にぬらんと言ふ、臣の云く、最も然るべし、柱をぬりたらんには、敵とゞまらんかと、然あれば其の事も止りぬ、儒教の心はかくのごとく、たくみに言を以て悪事をとヾめ、善事をすゝめしなり、衲子の人を化する意巧も、其の心有べきなり、一日僧問て云く、智者の無道心なると、無智の有道心なると、始終いかん、
現代語訳
また言われた。秦の始皇の時、太子が花園を広めようと言われた。臣が言った。もっともよいことです。花園が広くなって鳥獣が多く集まったなら、鳥獣をもって隣国の軍を防げましょうか、と。これによってその事は止まった。また宮殿を作り、柱を漆で塗ろうと言う。臣が言った。もっともなことです。柱を塗ったならば、敵はとどまるでしょうか、と。そうであるから、その事も止まった。儒教の心はこのように、たくみに言葉をもって悪い事を止め、善い事を勧めたのである。修行僧が人を教化する工夫も、その心があるべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・顔淵篇司馬牛、仁を問う。子曰く、「仁者は、其の言や訒し。」曰く、「其の言や訒しければ、斯れ之を仁と謂うか。」子曰く、「之を為すこと難し、之を言うこと訒きこと無きを得んや。」
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『正法眼蔵随聞記』巻一宋土の寺院なんどには都て雑談をせざれば、其やうなること、をも云はざるなり、吾が国も近ごろ建仁寺の僧正存生の時は、一向あからさまにも此の如きの言語出来らず、滅後にも存世の時の弟子等、少々残りとヾまりたりし時は一切に云はざりき、近ごろ此の七八年より以来、今ま出の若き人たち時々談ずるなり、存外の次第なり、聖教の中にも麁强悪業令人覚悟無利言説能障正道とありて、只うち出して云処の言ばすら、無利の言説は障道の因縁なり況やかくの如きの言語は、ことばに引れて即ち心も起りつべし、最も用心すべきなり、故さらにかくなん云はじとせずとも、悪きことゝ知りなば漸々に退治すべきなり、
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人物志・八觀其の言甚だ懌べども、精色従わざる者は、中に違う有るなり。其の言違う有れども、精色信ずべき者は、辞の敏ならざるなり。
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『正法眼蔵随聞記』巻一雑話の次でに云く、世間の男女老少多く交会姪色等の事を談ず、是を以て心を慰むるとし、興言とすることあり、一旦意をも遊戯し、徒然も慰むるに似たりと云ふとも、僧はもつとも禁断すべきことなり、俗猶よき人、まことしき人の、礼儀をも存じ、げにげにしき談の時、出来らざることなり、只乱酔放逸なる時の談なり、況や僧は専ら仏道を思ふべし、雑語は希有異体の乱僧の云ふことなり、
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論語・子路篇子路曰く、「衛君、子を待ちて政を為さば、子将に奚をか先にせん。」子曰く、「必ずや名を正さんか。」子路曰く、「是れ有るかな。子の迂なるや。奚ぞ其れ正さん。」子曰く、「野なるかな、由や。君子は其の知らざる所に於いて、蓋し闕如たり。名正しからざれば、則ち言順わず。言順わざれば、則ち事成らず。事成らざれば、則ち礼楽興らず。礼楽興らざれば、則ち刑罰中らず。刑罰中らざれば、則ち民手足を措く所無し。故に君子は之に名づくれば必ず言う可きなり、之を言えば必ず行う可きなり。君子は其の言に於いて、苟くもする所無きのみ。」
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『正法眼蔵随聞記』巻五亦云く、人の心は決定人の言ばに随ふと存す、大論に云く、喩へば愚人の手に摩尼珠をもてるが如し、人是を見て汝下劣なり、自ら手に物をもてりと云を聞て、おもはく、珠はをしゝ、名聞は深し、我は下劣ならんとおもふ、思ひ煩ふて猶を只名聞にひかれ、人の言ばについて珠を捨て他人にとらしめんと思ふほどに、終に珠を失ふと云々、