正法眼蔵随聞記 / 巻五
一日示して云く、俗人の云く、寶はよく身を害する怨なり、昔も是れあり、今も是れ有りと、云ふこゝろは、昔し一人の俗人あり、一人の美女をもてり、時に威勢ある人是を請ふ、彼の夫是を惜む、終に兵を起して其家を圍めり、既に奪ひ取られんとする時、夫か云く、我れ汝が爲に命を失ふと、女が云く、我れも夫の爲に命を失はんと云て、高樓より落て死す、そのゝち彼の夫うちもらされて、後に物語りにせしとなり、
新字:一日示して云く、俗人の云く、宝はよく身を害する怨なり、昔も是れあり、今も是れ有りと、云ふこゝろは、昔し一人の俗人あり、一人の美女をもてり、時に威勢ある人是を請ふ、彼の夫是を惜む、終に兵を起して其家を囲めり、既に奪ひ取られんとする時、夫か云く、我れ汝が為に命を失ふと、女が云く、我れも夫の為に命を失はんと云て、高楼より落て死す、そのゝち彼の夫うちもらされて、後に物語りにせしとなり、
書き下し
一日示して云く、俗人の云く、宝はよく身を害する怨なり、昔も是れあり、今も是れ有りと、云ふこゝろは、昔し一人の俗人あり、一人の美女をもてり、時に威勢ある人是を請ふ、彼の夫是を惜む、終に兵を起して其家を囲めり、既に奪ひ取られんとする時、夫か云く、我れ汝が為に命を失ふと、女が云く、我れも夫の為に命を失はんと云て、高楼より落て死す、そのゝち彼の夫うちもらされて、後に物語りにせしとなり、
現代語訳
ある日示して言われた。俗人は言う、宝はよく身を害する仇である、昔もこれがあり、今もこれがある、と。言う心は、昔ひとりの俗人があり、ひとりの美しい女を持っていた。時に威勢のある人がこれを求めた。その夫はこれを惜しんだ。ついに兵を起こしてその家を囲んだ。すでに奪い取られようとする時、夫が言った。わたしはおまえのために命を失う、と。女が言った。わたしも夫のために命を失おう、と言って、高い楼から落ちて死んだ。その後、その夫は討ちもらされて、後に物語として語られたのだという。
解説
この章句が説くこと
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論語・憲問篇子曰く、之を愛して、能く労すること勿からんや。焉に忠にして、能く誨うること勿からんや。
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『墨子』尚同下是の故に子墨子曰く、「凡そ民をして尚同せしむる者、民を愛すること疾からざれば、民、使う可き無し。曰く、必ず疾く愛して之を使い、信を致して之を持し、富貴以て其の前を道き、明罰以て其の後を率う。政を為すこと此くの若くんば、唯だ我と同じくする毋からんと欲するも、將に得可からざるなり」と。
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『墨子』大取一に曰く乃ち是にして然り、二に曰く乃ち是にして然らず、三に曰く遷、四に曰く强。子。其の深きを深くし、其の淺きを淺くし、其の益を益し、其の尊きを尊ぶ。次を察し、山のごとく比し因り、優指に至る。復た次いで聲端の名を察し、請に因りて復す。夫の辭の惡しき者を正すは、人、右に其の請を以て焉を得。諸そ遭い執る所にして欲惡生ずる者は、人、必ずしも其の請を以て焉を得ず。聖人の拊なり。仁にして利愛無し、利愛は慮に生ず。昔者の慮は、今日の慮に非ず。昔者の人を愛するは、今の人を愛するに非ず。獲を愛するの人を愛するは、獲を利するを慮るに生じ、臧を利するを慮るに非ざるなり。而して臧を愛するの人を愛するは、乃ち獲を愛するの人を愛するなり。
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『墨子』節用中子墨子言いて曰く、古者、明王聖人の天下に王たり諸侯を正しくせし所以の者は、彼れ其れ民を愛すること謹みて忠、民を利すること謹みて厚く、忠信、相い連なり、又た之に示すに利を以てす。是を以て身を終うるまで饜かず、殁して二十にして卷まず。古者、明王聖人の其の天下に王たり諸侯を正しくせし所以の者は、此れなり。
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論語・里仁篇子曰わく、ただ仁者のみよく人を好み、よく人を悪む。
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『墨子』魯問公輸子、其の巧を善しとし、以て子墨子に語げて曰く、「我が舟戰は鉤强を以てす。知らず、子の義にも亦た鉤强有るか」と。子墨子曰く、「我が義の鉤强は、子の舟戰の鈎强より賢れり。我が鈎强は、我れ之を鈎するに愛を以てし、之を揣るに恭を以てす。鈎するに愛を以てせずんば則ち親しまず、揣るに恭を以てせずんば則ち速やかに狎る。狎れて親しまずんば、則ち速やかに離る。故に交ごも相い愛し、交ごも相い恭しきは、猶お相い利するがごときなり。今、子は鈎して人を止め、人も亦た鈎して子を止む。子は强にして人を距ぎ、人も亦た强にして子を距ぐ。交ごも相い鈎し、交ごも相い强うるは、猶お相い害するがごときなり。故に我が義の鈎强は、子の舟戰の鈎强より賢れり」と。