正法眼蔵随聞記 / 巻五
大宋國によき僧と人にも知られたる人は、皆貧窮人なり、衣服もやぶれ、諸緣も乏しきなり、往日天童山の書記道如上座と云し人は、官人宰相の子なり、しかれとも親族をも遠離し、世利を貪らざりしかば、衣服のやつれ破壞したること、目もあてられざりしかとも、道德人に知られて、名山大寺の書記とも成られしなり、予あるとき如上座に問て云く、和尙は官人の子息にて富貴の種族なり、何ぞ身にちかづくる物、皆下品にして貧窮なるや、如上座答て云く、僧となればなり、
新字:大宋国によき僧と人にも知られたる人は、皆貧窮人なり、衣服もやぶれ、諸縁も乏しきなり、往日天童山の書記道如上座と云し人は、官人宰相の子なり、しかれとも親族をも遠離し、世利を貪らざりしかば、衣服のやつれ破壊したること、目もあてられざりしかとも、道徳人に知られて、名山大寺の書記とも成られしなり、予あるとき如上座に問て云く、和尚は官人の子息にて富貴の種族なり、何ぞ身にちかづくる物、皆下品にして貧窮なるや、如上座答て云く、僧となればなり、
書き下し
大宋国によき僧と人にも知られたる人は、皆貧窮人なり、衣服もやぶれ、諸縁も乏しきなり、往日天童山の書記道如上座と云し人は、官人宰相の子なり、しかれとも親族をも遠離し、世利を貪らざりしかば、衣服のやつれ破壊したること、目もあてられざりしかとも、道徳人に知られて、名山大寺の書記とも成られしなり、予あるとき如上座に問て云く、和尚は官人の子息にて富貴の種族なり、何ぞ身にちかづくる物、皆下品にして貧窮なるや、如上座答て云く、僧となればなり、
現代語訳
大宋国でよい僧と人にも知られている人は、みな貧しい人である。衣服も破れ、諸々の縁も乏しいのである。かつて天童山の書記であった道如上座という人は、官人宰相の子である。しかしながら親族をも遠く離れ、世間の利を貪らなかったので、衣服がやつれ破れていることは目も当てられないほどであったけれども、道の徳が人に知られて、名山大寺の書記ともなられたのである。わたしはあるとき如上座に問うて言った。和尚は官人の子息で富貴の家柄です。どうして身に近づける物がみな下等で貧しいのですか、と。如上座は答えて言った。僧となればなり、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『正法眼蔵随聞記』巻二いまだ聞かず三国の例、財宝にとみ、愚人の帰敬をもつて道徳とすべきことを、道心者と云ふは昔しより三国みな貧にして、身をくるしくし、一切を省約して、慈あり道あるをまことに行者と云ふなり、徳のあらはるゝと云も、財宝にゆたかに、供養にほこるを云にあらす、徳の顕はるゝに三重あるべし、先つは其の人其の道を修するなりと知らるゝなり、次には其の道を慕ふ者いで来る、後には其の道をおなじく学し同じく行ずる、是を道徳のあらはるゝと云ふなり、
-
『正法眼蔵随聞記』巻三貧ふして道を思ふは先賢古聖の仰ぐ所、諸仏諸祖の喜ぶ所ろなり、近来仏法の衰微しゆくこと眼前にあり、余始て建仁寺に入りし時見しと、後七八年過て見しと、次第にかはりゆくことは、寺の寮寮に塗籠をおき、各各器物を持し、美服を好み、財物を貯へ、放逸の言語を好み、問訊礼拝等の衰微することを以て思ふに、余所も推察せらるゝなり、仏法者は衣盂の外に財宝等を一切持べからず、なにを置んが為に塗籠をしつらふべきぞ、
-
論語・学而篇子貢曰く、「貧しくして諂うこと無く、富みて驕ること無きは如何。」子曰く、「可なり。未だ貧しくして道を楽しみ、富みて礼を好む者には若かざるなり。」子貢曰く、「詩に云う、『切するが如く、磋するが如く、琢するが如く、磨するが如し』と。其れ斯を之謂うか。」子曰く、「賜や、始めて与に詩を言う可きのみ。諸に往を告げて来を知る者なり。」
-
『正法眼蔵随聞記』巻三夜話に云く、学道の人は最も貧なるべし、世人を見るに、財ある人はまづ嗔恚耻辱の二つの難定めて来るなり、宝あれば人是を奪ひ取らんと思ふ、我は取られじとする時、嗔恚たちまちに起る、或は是を論じて問答対決に及び、つゐには闘争合戦をいたす、かくの如くのあひだに嗔恚も起り、恥辱も来るなり、貧にして貪ぼらざる時は、先づ此の難を免れて安楽自在なり、證拠眼前なり、教文を待べからず、爾のみならず、古聖先賢是を謗り、諸天仏祖皆な是を恥かしむ、然あるに愚癡なる人は財宝を貯へ、そこばくの嗔恚をいだくこと、恥辱の中の恥辱なり、
-
『正法眼蔵随聞記』巻三人にかくすほどの物をばもつべからざるなり、盗賊等を怖るゝ故にこそかくし置んと思へ、捨て持たざれば還てやすきなり、人をば殺すとも人には殺されじと思ふ時こそ、身も苦しく用心もせらるれ、人は我れを殺すとも、我れは報を加へじと思ひ定めつれば、用心もせられず、盗賊も愁へられざるなり、時として安楽ならずと云ふことなし、
-
『正法眼蔵随聞記』巻三亦示して云く、衲子の用心は仏祖の行履を守るべし、第一には先つ財宝を貪ほるへからす、其の故は如来の慈悲深重なること、喩へを以ても量り難し、然あるに彼の所為行履皆是れ衆生の為なり、一微塵計りも衆生の為に利益ならさるべき事を行はせ給はす、其の故は仏は是れ輪王太子にてましませば、即位し給ひて一天をも御意にまかさせたまひ、宝を以て弟子を憐れみ、所領を以て弟子をはごくみ給ふべきに、何に故に位を捨てゝ自ら乞食を行し給ふや是れ決定末世の衆生の為にも、弟子の行道のためにも、利益となる因縁あるへき故に、財宝を貯へす、乞食を行しおき給へり、