正法眼蔵随聞記 / 巻五
一日示して云く、佛法の爲には身命を惜むことなかれ、俗猶道の爲には身命をすて、親族をかへりみず、忠を盡し節を守る、是を忠臣とも云ひ、賢者とも云ふなり、昔し漢の高祖隣國といくさを起す時、ある臣下の母敵國にありき官軍も二た心有らんかと疑ひき、高祖もかれ若し母を思ひて敵國へさることもやあらんずらん、若しさあらば軍やぷるべしとてあやぶむ、爰に彼の母も、我が子もし我れによりて我が國へ來ることもやあらんかとおもひ、誠ていはく、われによりて、いくさの忠をゆるくすることなかれ、我れもしいきていたらば汝ぢ二た心もやあらんと云ひて、劔に身をなげてうせてけり、其の子本よりふた心なかりしかば、其のいくさに忠節を致す志し深かりけると云ふ、
新字:一日示して云く、仏法の為には身命を惜むことなかれ、俗猶道の為には身命をすて、親族をかへりみず、忠を尽し節を守る、是を忠臣とも云ひ、賢者とも云ふなり、昔し漢の高祖隣国といくさを起す時、ある臣下の母敵国にありき官軍も二た心有らんかと疑ひき、高祖もかれ若し母を思ひて敵国へさることもやあらんずらん、若しさあらば軍やぷるべしとてあやぶむ、爰に彼の母も、我が子もし我れによりて我が国へ来ることもやあらんかとおもひ、誠ていはく、われによりて、いくさの忠をゆるくすることなかれ、我れもしいきていたらば汝ぢ二た心もやあらんと云ひて、剣に身をなげてうせてけり、其の子本よりふた心なかりしかば、其のいくさに忠節を致す志し深かりけると云ふ、
書き下し
一日示して云く、仏法の為には身命を惜むことなかれ、俗猶道の為には身命をすて、親族をかへりみず、忠を尽し節を守る、是を忠臣とも云ひ、賢者とも云ふなり、昔し漢の高祖隣国といくさを起す時、ある臣下の母敵国にありき官軍も二た心有らんかと疑ひき、高祖もかれ若し母を思ひて敵国へさることもやあらんずらん、若しさあらば軍やぷるべしとてあやぶむ、爰に彼の母も、我が子もし我れによりて我が国へ来ることもやあらんかとおもひ、誠ていはく、われによりて、いくさの忠をゆるくすることなかれ、我れもしいきていたらば汝ぢ二た心もやあらんと云ひて、剣に身をなげてうせてけり、其の子本よりふた心なかりしかば、其のいくさに忠節を致す志し深かりけると云ふ、
現代語訳
ある日示して言われた。仏法のためには身命を惜しんではならない。俗世でさえ、道のためには身命を捨て、親族を顧みず、忠を尽くし節を守る。これを忠臣とも言い、賢者とも言うのである。昔、漢の高祖が隣国と戦を起こした時、ある臣下の母が敵国にいた。官軍も二心があるだろうかと疑った。高祖も、彼がもし母を思って敵国へ去ることもあるだろうか、もしそうならば軍は破れるだろうと危ぶんだ。ここにその母も、我が子がもし自分によって我が国へ来ることもあるだろうかと思い、戒めて言った。わたしによって戦の忠を緩めてはならない。わたしがもし生きていたなら、おまえに二心もあろうから、と言って、剣に身を投げて亡くなってしまった。その子はもとより二心がなかったので、その戦に忠節を尽くす志が深かったという。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』魯問魯君の嬖人、死す。魯君、之が為に誄す。魯人、因りて説びて之を用う。子墨子、之を聞きて曰く、「誄なる者は、死人の志を道うなり。今、説びて之を用うるに因るは、是れ猶お來首を以て服に從うがごときなり」と。魯陽文君、子墨子に謂いて曰く、「我に忠臣を語る者有り。之に俯せしむれば則ち俯し、之に仰がしむれば則ち仰ぎ、處らしむれば則ち静かに、呼べば則ち應ず。忠臣と謂う可きか」と。子墨子曰く、「之に俯せしむれば則ち俯し、之に仰がしむれば則ち仰ぐは、是れ景に似たり。處らしむれば則ち静かに、呼べば則ち應ずるは、是れ響に似たり。君、将た何をか景と響とに得んや。翟の所謂る忠臣なる者を以てせば、上に過ち有れば則ち之を微にして以て諌め、己に善有れば則ち之を上に訪ねて、敢えて以て外に告ぐる無く、其の邪を匡して其の善に入り、尚びて下に比する無く、美善を上に在らしめて怨讐を下に在らしめ、安樂を上に在らしめて憂慼を臣に在らしむ。此れ翟の忠臣と謂う者なり」と。
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『韓非子』初見秦第一然り而して兵甲頓れ、士民病み、蓄積索き、田疇荒れ、囷倉虚しく、四隣の諸侯服せず、霸王の名成らず。此れ異なる故無し、其の謀臣皆な其の忠を尽くさざればなり。
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葉隠・聞書第一忠臣は孝子の門に尋ねよとあり。随分(ずいぶん)心を尽くして孝行すべき事なり。奉公に精を出す人は自然にはあれども、孝行に精出す人は稀なり。よき者には他人も懇(ねんご)ろに、亡き後にて残り多く、孝行に精出す人は稀なり。無理なる人、無理なる親にてなくば知れまじきなり。
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葉隠・聞書第一主君さえ大切に仕り候えば、親も悦び、仏神も納受(のうじゅ)あるべしと存じ候。此方(こなた)は主を思うより外のこと知らず、志(こころざし)つのり候えば、不断(ふだん)御身辺(ごしんぺん)に気を附け、片時も離れ申さず候。又、女は第一に夫を主君の如く存ずべき事である。
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論語・公冶長篇子張問いて曰く、「令尹子文、三たび仕えて令尹と為るも、喜ぶ色無し。三たび之を已めらるるも、慍る色無し。旧令尹の政、必ず以て新令尹に告ぐ。何如。」子曰く、「忠なり。」曰く、「仁なりや。」曰く、「未だ知らず、焉んぞ仁なるを得ん。」「崔子斉君を弑す。陳文子馬十乗有り、棄てて之を違る。他邦に至れば、則ち曰く、『猶お吾が大夫崔子のごときなり』と。之を違る。一邦に之けば、則ち又曰く、『猶お吾が大夫崔子のごときなり』と。之を違る。何如。」子曰く、「清なり。」曰く、「仁なりや。」曰く、「未だ知らず、焉んぞ仁なるを得ん。」
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論語・学而篇曾子曰く、「吾日に三たび吾が身を省みる。人の為に謀りて忠ならざるか、朋友と交わりて信ならざるか、習わざるを伝えしか。」