正法眼蔵随聞記 / 巻四
近代遁世の法は各各齋料等のことをかまへ、用意して、後のわづらひなきやうに支度す、是れ小事なりと云へども、學道の資緣なり、かけぬればことの違亂出來る、今師の御樣を承り及ぶには、一切其の支度なく、只天運にまかすと、若し實にかくのことくならば、後時の違亂あらんか、いかん、答て云く、事皆な先證あり、敢て私曲を存するにあらず、西天東地の佛祖皆かくの如し、白毫一分の福の盡る期あるべからず、何ぞ私に活計をいたさん、亦明日の事はいかにすべしとも定め圖り難し、此の樣は佛祖のみな行じ來れる所ろにて私なし、若し事闕如して絕食せば、其の時にのぞんで方便をもめぐらさめ、兼て是を思ふべきことにはあらざるなり、
新字:近代遁世の法は各各斎料等のことをかまへ、用意して、後のわづらひなきやうに支度す、是れ小事なりと云へども、学道の資縁なり、かけぬればことの違乱出来る、今師の御様を承り及ぶには、一切其の支度なく、只天運にまかすと、若し実にかくのことくならば、後時の違乱あらんか、いかん、答て云く、事皆な先證あり、敢て私曲を存するにあらず、西天東地の仏祖皆かくの如し、白毫一分の福の尽る期あるべからず、何ぞ私に活計をいたさん、亦明日の事はいかにすべしとも定め図り難し、此の様は仏祖のみな行じ来れる所ろにて私なし、若し事闕如して絶食せば、其の時にのぞんで方便をもめぐらさめ、兼て是を思ふべきことにはあらざるなり、
書き下し
近代遁世の法は各各斎料等のことをかまへ、用意して、後のわづらひなきやうに支度す、是れ小事なりと云へども、学道の資縁なり、かけぬればことの違乱出来る、今師の御様を承り及ぶには、一切其の支度なく、只天運にまかすと、若し実にかくのことくならば、後時の違乱あらんか、いかん、答て云く、事皆な先證あり、敢て私曲を存するにあらず、西天東地の仏祖皆かくの如し、白毫一分の福の尽る期あるべからず、何ぞ私に活計をいたさん、亦明日の事はいかにすべしとも定め図り難し、此の様は仏祖のみな行じ来れる所ろにて私なし、若し事闕如して絶食せば、其の時にのぞんで方便をもめぐらさめ、兼て是を思ふべきことにはあらざるなり、
現代語訳
近ごろ遁世の作法としては、それぞれが斎料などのことを整え用意して、後の煩いのないように手当てする。これは小事であるとはいっても、学道の資である。欠ければ事の乱れが出てくる。今、師のありようを承り及ぶには、いっさいその手当てがなく、ただ天運に任せるとのこと。もし実にこのようであるならば、後々に乱れがありましょうか、いかがですか。答えて言われた。事はみな先の証しがある。あえて自分勝手な曲がった計らいによるのではない。西天東地の仏祖はみなこのようである。白毫の一分の福が尽きる時があるはずはない。どうして私に暮らしの計をするだろうか。また明日の事はどうすべきとも定め図りがたい。このありようは仏祖がみな行ってこられたところであって、私はない。もし事が欠けて食が絶えるならば、その時に臨んで方便をもめぐらそう。かねてこれを思うべきことではないのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孫子・虚実篇故に前に備うれば則ち後寡なく、後に備うれば則ち前寡なし。左に備うれば則ち右寡なく、右に備うれば則ち左寡なし。備えざる所無ければ、則ち寡なからざる所無し。寡なき者は人に備うる者なり、衆き者は人をして己に備えしむる者なり。
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『墨子』七患故に食に備粟無ければ、以て凶饑を待つ可からず。庫に備兵無ければ、義有りと雖も、無義を征する能わず。城郭、備え全からざれば、以て自ら守る可からず。心に備慮無ければ、以て卒に應ずる可からず。是の故に慶忌は之を去るの心無くんば、輕々しく出づる能わず。夫れ桀に湯を待つの備無し、故に放たる。紂に武王を待つの備無し、故に殺さる。桀紂は貴きこと天子と為り、富は天下を有つ。然れども皆な百里の君に滅亡せらるるは、何ぞや。富貴有りて備えを為さざればなり。故に備えなる者は、國の重んずる所なり。
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孟子・公孫丑章句上孟子曰く、「仁なれば則ち榮え、不仁なれば則ち辱めらる。今辱めらるるを惡んで不仁に居るは、是れ猶ほ濕を惡んで下きに居るがごときなり。如し之を惡まば、徳を貴びて士を尊ぶに如くは莫し。賢者位に在り、能者職に在り、國家閒暇なりとせん。是の時に及びて其の政刑を明らかにせば、大國と雖も、必ず之を畏れん。詩に云う、『天の未だ陰雨せざるに迨(およぶ)んで、彼の桑土を徹(とる)り、牖(ユウ)戶を綢繆す。今此の下民、敢て予を侮どること或らんや。』孔子曰く、『此の詩を為りし者は、其れ道を知れるか。』能く其の國家を治めば、誰か敢て之を侮らん。今國家閒暇なりとせん。是の時に及んで般樂怠敖せば、是れ自ら禍を求むるなり。禍ᐻは己自り之を求めざる者無し。詩に云う『永く言、命を配し、自ら多ᐻを求む。』太甲に曰く、『天の作せる孼は猶ほ違く可し。自ら作せる孼は活く可からず。』此を之れ謂うなり。」
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尚書・說命中惟れ事を事とするに、乃ち其れ備え有り、備え有れば患い無し。
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葉隠・聞書第一覺りの士というのは、事に逢って仕(し)たるように、前方に、それぞれの仕様(しよう)を吟味し置いて、その時に出合い、仕果(しはた)す者である。不覺の士というのは、その時に至って前方に穿鑿せぬのは、不覺の士と申す。
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『墨子』公孟子墨子、公孟子に謂いて曰く、「喪禮は、君と父母と妻と後子と死すれば、三年の喪服、伯父・叔父・兄弟は期、族人は五月、姑・姊・甥は皆な數月の喪有り。或いは喪せざるの間を以て、詩三百を誦し、詩三百を歌い、詩三百を舞う。若し子の言を用いば、則ち君子は何れの日を以て聴治せん。庶人は何れの日を以て事に従わん」と。公孟子曰く、「國亂るれば則ち之を治め、治まれば則ち禮樂を為す。國治まれば則ち事に従い、國富めば則ち禮樂を為す」と。子墨子曰く、「國の治まるは、之を治むればなり。治むること廢すれば、則ち國の治まるも亦た廢す。國の富むや、事に従えばなり。事に従うこと廢すれば、則ち國の富むも亦た廢す。故に國を治むと雖も、之を勸めて饜くこと無く、然る後に可なり。今、子曰く、『國治まれば則ち禮樂を為し、亂るれば則ち之を治む』と。是れ譬うれば猶お噎して井を穿ち、死して醫を求むるがごときなり。古者、三代の暴王、桀・紂・幽・厲は、薾に聲樂を為して、其の民を顧みず。是を以て身は刑僇と為り、國は戾虚と為る者は、皆な此の道に従えばなり」と。