正法眼蔵随聞記 / 巻四
相如遂に秦王に見えて、壁を秦王にあたふるに、秦王十五城をあたふまじき氣色見えたり、時に相如はかりごとを以て、秦王にかたりて云く、その壁にきずあり、我れ是れを示さんと云て、壁をこひ取て、後に相如が云く、王の氣色を見るに、十五城を惜める氣色あり、然あらば我が頭べを以て、此の壁を銅柱にあてゝ、うちわりてんと云て、瞋れる眼を以て、王を見て銅柱のもとによる氣色まことに王をも犯しつべかりし、時に秦王の云く、汝壁をわることなかれ、十五城を與ふべし、あひはからはんほど、汝ぢ壁を持べしと云しかば、相如ひそかに人をして壁を本國へかへしぬ、
新字:相如遂に秦王に見えて、壁を秦王にあたふるに、秦王十五城をあたふまじき気色見えたり、時に相如はかりごとを以て、秦王にかたりて云く、その壁にきずあり、我れ是れを示さんと云て、壁をこひ取て、後に相如が云く、王の気色を見るに、十五城を惜める気色あり、然あらば我が頭べを以て、此の壁を銅柱にあてゝ、うちわりてんと云て、瞋れる眼を以て、王を見て銅柱のもとによる気色まことに王をも犯しつべかりし、時に秦王の云く、汝壁をわることなかれ、十五城を与ふべし、あひはからはんほど、汝ぢ壁を持べしと云しかば、相如ひそかに人をして壁を本国へかへしぬ、
書き下し
相如遂に秦王に見えて、壁を秦王にあたふるに、秦王十五城をあたふまじき気色見えたり、時に相如はかりごとを以て、秦王にかたりて云く、その壁にきずあり、我れ是れを示さんと云て、壁をこひ取て、後に相如が云く、王の気色を見るに、十五城を惜める気色あり、然あらば我が頭べを以て、此の壁を銅柱にあてゝ、うちわりてんと云て、瞋れる眼を以て、王を見て銅柱のもとによる気色まことに王をも犯しつべかりし、時に秦王の云く、汝壁をわることなかれ、十五城を与ふべし、あひはからはんほど、汝ぢ壁を持べしと云しかば、相如ひそかに人をして壁を本国へかへしぬ、
現代語訳
相如はついに秦王に会って、璧を秦王に与えたが、秦王が十五城を与えまいとする様子が見えた。その時、相如は謀りごとをもって秦王に語って言った。その璧に傷がある。わたくしがこれを示しましょう、と言って、璧を乞い取って、後に相如が言った。王の様子を見るに、十五城を惜しむ様子がある。それならば我が頭をもって、この璧を銅柱に当てて打ち割ってしまおう、と言って、怒った眼で王を見て、銅柱のもとに寄る様子は、まことに王をも侵しかねないほどであった。その時、秦王が言った。おまえ、璧を割ってはならない。十五城を与えよう。取り計らう間、おまえが璧を持っていよ、と言ったので、相如はひそかに人をやって璧を本国へ返した。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孫子・軍争篇故に途を迂らしてこれを利に誘い、人の後に発して人に先んずるは、迂直の計を知る者なり。
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葉隠・聞書第一何某(なにがし)申し候は、「しおがれ浪人などと云うは、難儀千万(なんぎせんばん)この上なき様に皆人思うて、その期(ご)には殊(こと)の外(ほか)しおがれ草臥(くたび)るる事なり。浪人して後(のち)は左程(さほど)にはなきものなり。今一度(いまいちど)浪人仕(つかまつ)りたし。」と云う。もっともの事なり。死の道も、平生(へいぜい)に死習(しになら)うては、心安(こころやす)く死ぬべき事なり。奉公人の打留(うちどめ)は浪人切腹(せっぷく)に極(きわ)まりたると、兼ねて覚悟すべきなり。災難は前方(ぜんぽう)了簡(りょうけん)したる程には無きものなるを、先を量(はか)つて苦しむは愚かなる事なり。
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葉隠・聞書第一途中にて俄雨(にわかあめ)にあいて、濡れじとて道を急ぎ走り、軒下(のきした)などを通りても、濡るる濡るる事は替わらざるなり。初めより思いはまりて濡るる濡るる時、心に苦しみなく濡るる濡るる事は同じ。これ万(よろ)づにわたる心得なり。
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葉隠・聞書第一打返しの仕様(しよう)は、踏懸けて切り殺さるるまでなり。これにて恥(はじ)にならぬなり。仕果(しは)たすべしと思ふゆゑ、間(ま)に合はず。向(むこう)は大勢(おおぜい)などと云ひて時を移し、しまり止(どめ)になる相談に極(きわ)まるなり。相手何千人もあれ、片端(かたはし)より撫切(なでぎ)りと思ひ定めて、立ち向ふまでにて成就(じょうじゅ)なり。多分(たぶん)仕(し)済ますものなり。又(また)浅野殿(あさのどの)浪人(ろうにん)夜討(ようち)も、泉岳寺(せんがくじ)にて腹切らぬが落度(おちど)なり。又主(しゅ)を討たせて、敵(かたき)を討つ事延び延びなり。若(も)し、その内に吉良殿(きらどの)病死の時は残念千万なり。上方衆(かみがたしゅう)は智慧(ちえ)かしこきゆゑ、褒めらるる仕様は上手(じょうず)なれども、長崎喧嘩(ながさきけんか)の様に無分別(むふんべつ)にする事はならぬなり。又曾我殿(そがどの)夜討も殊(こと)の外(ほか)の延引(えんいん)。幕(まく)の紋(もん)見物(けんぶつ)の時、祐成(すけなり)図(ず)をはづしたり。不運の事なり。五郎(ごろう)申し様(よう)見事なり。総(そう)じてかやうの批判(ひはん)はせぬものなれども、これも武道(ぶどう)の吟味(ぎんみ)なれば申すなり。前方(ぜんぽう)に吟味して置かねば、行(ゆ)き当りて分別(ふんべつ)出来(でき)合はぬゆゑ、おおかた恥になり候。話を聞き覚え、物の本を見るも、かねての覚悟のためなり。就中(なかんずく)、武道は今日の事も知らずと思ひて、日々夜々(ひびよよ)に箇条(かじょう)を立てて吟味すべき事なり。時の行掛(ゆきがか)りにて勝負はあるべし。恥をかかぬ仕様は別(べつ)なり。死ぬまでなり。これには智慧も業(わざ)も入らぬなり。死ぬまでといふは勝負を考へず、無二無三(むにむざん)に死狂(しにぐる)ひするばかりなり。これにて夢(ゆめ)覚むるなり。
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論語・憲問篇子曰く、『士にして居を懐(おも)えば、以て士と為すに足らず。』
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葉隠・聞書第一古人(こじん)の覚悟は深き事なり。十三以上六十以下出陣と云う事あり。それ故に、古老(ころう)は年をかくすといえり。