正法眼蔵随聞記 / 巻四
古人の云く、日月あきらかなれども浮雲是れをおほふ、叢蘭茂せんとすれども秋風吹て是れをやぶると、貞觀政要にこれを引て賢王と惡臣とに喩ふ、今ま云く、浮雲をおふとも久しからず、秋風破ふるとも亦開くべし、臣わるくとも、王の賢强くんば轉せらるべからず、今ま佛道を存せんことも、亦かくの如くなるべし、いかに惡心おこるとも、かたく守り久く保たば、浮雲もきえ秋風も止まるべきの道理なり一日示して云く、學人初心のときは、道心ありても無ても、經論聖教等を能々見るべし、まなぶべし、
新字:古人の云く、日月あきらかなれども浮雲是れをおほふ、叢蘭茂せんとすれども秋風吹て是れをやぶると、貞観政要にこれを引て賢王と悪臣とに喩ふ、今ま云く、浮雲をおふとも久しからず、秋風破ふるとも亦開くべし、臣わるくとも、王の賢强くんば転せらるべからず、今ま仏道を存せんことも、亦かくの如くなるべし、いかに悪心おこるとも、かたく守り久く保たば、浮雲もきえ秋風も止まるべきの道理なり一日示して云く、学人初心のときは、道心ありても無ても、経論聖教等を能々見るべし、まなぶべし、
書き下し
古人の云く、日月あきらかなれども浮雲是れをおほふ、叢蘭茂せんとすれども秋風吹て是れをやぶると、貞観政要にこれを引て賢王と悪臣とに喩ふ、今ま云く、浮雲をおふとも久しからず、秋風破ふるとも亦開くべし、臣わるくとも、王の賢强くんば転せらるべからず、今ま仏道を存せんことも、亦かくの如くなるべし、いかに悪心おこるとも、かたく守り久く保たば、浮雲もきえ秋風も止まるべきの道理なり一日示して云く、学人初心のときは、道心ありても無ても、経論聖教等を能々見るべし、まなぶべし、
現代語訳
古人は言った、日月は明らかであるけれども浮雲がこれを覆う。叢れた蘭は茂ろうとするけれども秋風が吹いてこれを破る、と。『貞観政要』にこれを引いて、賢い王と悪い臣にたとえている。今言う、浮雲は覆っても久しくなく、秋風は破っても、また開くはずである。臣が悪くとも、王が賢く強ければ転じさせられることはない。今、仏道を保とうとすることも、またこのようであるはずである。どれほど悪い心が起こっても、かたく守り久しく保つならば、浮雲も消え、秋風も止むはずの道理である。
解説
この章句が説くこと
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