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正法眼蔵随聞記 / 巻四

只しひて學道すべきなり、示して云く、學道の人、悟を得ざることは、卽ちたゝ舊見を存ずるゆへなり、本より誰がをしへたりとも知らざれども心と云は念慮知覺なりと思ひ、心は草木なりと云へば信ぜず、佛と云へば相好光明あらんずると思ふて、佛は瓦礫と說けば耳を驚かす、かくのごときの執見、父も相傳せず、母も教授せず、只無理自然に久く人のことばにつきて信し來れることなり、然あれば今も佛祖決定の說なれば、あらためて心は艸木と云はば、便ち艸木を心と知り、佛は瓦礫といはば瓦礫を便ち佛なりと信して、本執をあらため去らば道を得べきなり、

新字:只しひて学道すべきなり、示して云く、学道の人、悟を得ざることは、即ちたゝ旧見を存ずるゆへなり、本より誰がをしへたりとも知らざれども心と云は念慮知覚なりと思ひ、心は草木なりと云へば信ぜず、仏と云へば相好光明あらんずると思ふて、仏は瓦礫と説けば耳を驚かす、かくのごときの執見、父も相伝せず、母も教授せず、只無理自然に久く人のことばにつきて信し来れることなり、然あれば今も仏祖決定の説なれば、あらためて心は艸木と云はば、便ち艸木を心と知り、仏は瓦礫といはば瓦礫を便ち仏なりと信して、本執をあらため去らば道を得べきなり、

書き下し

只しひて学道すべきなり、示して云く、学道の人、悟を得ざることは、即ちたゝ旧見を存ずるゆへなり、本より誰がをしへたりとも知らざれども心と云は念慮知覚なりと思ひ、心は草木なりと云へば信ぜず、仏と云へば相好光明あらんずると思ふて、仏は瓦礫と説けば耳を驚かす、かくのごときの執見、父も相伝せず、母も教授せず、只無理自然に久く人のことばにつきて信し来れることなり、然あれば今も仏祖決定の説なれば、あらためて心は艸木と云はば、便ち艸木を心と知り、仏は瓦礫といはば瓦礫を便ち仏なりと信して、本執をあらため去らば道を得べきなり、

現代語訳

ただ強いて道を学ぶべきである。示して言われた。学道の人が悟りを得ないのは、すなわちただ古い見方を持ち続けているゆえである。もともと誰が教えたとも知らないけれども、心というのは思いや知覚であると思い、心は草木であると言われれば信じない。仏と言えば、すぐれた相好と光明があるだろうと思って、仏は瓦礫であると説かれれば耳を驚かす。このような執われた見方は、父も相伝せず、母も教授していない。ただ理由もなく自然に、久しく人の言葉について信じてきたことである。であるから、今も仏祖の決定した説であるならば、あらためて、心は草木であると言われれば、すぐに草木を心と知り、仏は瓦礫であると言われれば、瓦礫をすなわち仏であると信じて、もとからの執着を改め去るならば、道を得るはずである。

解説

悟れない理由を、能力ではなく古い見方の残留に求める。しかもその見方は誰に教わったのでもなく、人の言葉に長く従ううちに固まったものだという指摘が鋭い。教えられた覚えのない思い込みほど強い、という洞察であり、心は草木、仏は瓦礫という強い言い換えで、その固まりを崩そうとしている。

この章句が説くこと

旧見執着思い込み瓦礫

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