正法眼蔵随聞記 / 巻四
必ず須からくこれ琢磨し練磨すべし、自ら卑下して學道をゆるくすることなかれ、古人の云く、光陰空くわたることなかれと、今問ふ、時光は惜むによりてとゞまるか、惜めどもとゞまらざるか、すべからくしるべし、時光は空くわたらず、人は空くわたることを、人も時光とおなじくいたづらに過すことなく、切に學道せよと云ふなり、かくのごとく參究を同心にすべし、我れ獨り擧揚するも、容易にするにあらざれども、佛祖行道の儀、大綱みなかくの如くなり、如來の開示に隨ひて得道するもの多けれども、亦阿難によりて悟道する人もありき、新首座非器なりと卑下することなかれ、洞山の麻三斤を擧揚して同衆に示すへしと云て、座を下て後ち、再び皷を鳴らして、首座秉拂す、是れ興聖最初の秉拂なり、懷奘三十九の歲なり、
新字:必ず須からくこれ琢磨し練磨すべし、自ら卑下して学道をゆるくすることなかれ、古人の云く、光陰空くわたることなかれと、今問ふ、時光は惜むによりてとゞまるか、惜めどもとゞまらざるか、すべからくしるべし、時光は空くわたらず、人は空くわたることを、人も時光とおなじくいたづらに過すことなく、切に学道せよと云ふなり、かくのごとく参究を同心にすべし、我れ独り挙揚するも、容易にするにあらざれども、仏祖行道の儀、大綱みなかくの如くなり、如来の開示に随ひて得道するもの多けれども、亦阿難によりて悟道する人もありき、新首座非器なりと卑下することなかれ、洞山の麻三斤を挙揚して同衆に示すへしと云て、座を下て後ち、再び鼓を鳴らして、首座秉払す、是れ興聖最初の秉払なり、懐奘三十九の歳なり、
書き下し
必ず須からくこれ琢磨し練磨すべし、自ら卑下して学道をゆるくすることなかれ、古人の云く、光陰空くわたることなかれと、今問ふ、時光は惜むによりてとゞまるか、惜めどもとゞまらざるか、すべからくしるべし、時光は空くわたらず、人は空くわたることを、人も時光とおなじくいたづらに過すことなく、切に学道せよと云ふなり、かくのごとく参究を同心にすべし、我れ独り挙揚するも、容易にするにあらざれども、仏祖行道の儀、大綱みなかくの如くなり、如来の開示に随ひて得道するもの多けれども、亦阿難によりて悟道する人もありき、新首座非器なりと卑下することなかれ、洞山の麻三斤を挙揚して同衆に示すへしと云て、座を下て後ち、再び鼓を鳴らして、首座秉払す、是れ興聖最初の秉払なり、懐奘三十九の歳なり、
現代語訳
必ずすべからく琢き磨き、練り磨くべきである。自ら卑下して学道を緩めてはならない。古人は言った、光陰を空しく渡ることなかれ、と。今問う、時は惜しむことによって留まるのか、惜しんでも留まらないのか。すべからく知るべきである、時は空しく渡らず、人が空しく渡るのだと。人も時と同じくいたずらに過ごすことなく、切に道を学べというのである。このように参じ究めることを心を同じくしてすべきである。わたし独り挙げ示すのも、たやすくするのではないけれども、仏祖が道を行ずる儀は、大綱みなこのようである。如来の開き示すことに随って道を得た者も多いけれども、また阿難によって悟道した人もあった。新首座よ、器でないと卑下してはならない。洞山の麻三斤を挙げ示して、同じ衆に示すべきである、と言って座を下りた後、再び鼓を鳴らして首座が秉払した。これが興聖寺で最初の秉払である。懐奘三十九歳であった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・首時①聖人の事に於ける、緩なるに似て急に、遲きに似て速かに、以て時を待つ。王季歷困しみて死す。文王之を苦しみ、有た羑里の醜を忘れざれども、時未だ可ならざるなり。武王之に事え、夙夜懈らざりしも、亦た玉門の辱を忘れず。立ちて十二年にして、甲子の事を成せり。時は固に得易からざるなり。太公望は東夷の士なり。一世を定めんと欲すれども其の主無し。文王の賢なるを聞き、故らに渭に釣りして以て之を觀る。
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呂氏春秋・審時①凡そ農の道は、時に厚きを寶と為す。木を斬ること時ならざれば、折れずんば必ず穗く。稼就って穫らざれば、必ず天の菑いに遇う。夫れ稼は之を為す者は人なり、之を生ずる者は地なり、之を養う者は天なり。是を以て人之を稼するに足を容れ、之を耨るに耨を容れ、之を據うに手を容る。此を之れ耕道と謂う。
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孫子・火攻篇火を行うには必ず因有り、烟火は必ず素より具う。火を発するに時有り、火を起こすに日有り。
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『管子』乘馬時の事に處るや精なり、藏めて舍く可からざるなり。故に曰く、今日為さざれば、明日貨を亡うと。昔の日已に往きて來たらざるなり。
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易経・彖伝艮(ごん)は、止まるなり。時、止まるべくんば則ち止まり、時、行くべくんば則ち行き、動静其の時を失わざれば、其の道光明なり。「其の止まるに艮(とど)まる」とは、其の所に止まるなり。上下敵応して、相い与(くみ)せざるなり。是を以て「其の身を獲(え)ず、其の庭に行きて、其の人を見ず、咎(とが)なし」となり。
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『管子』七法大なる者は時なり、小なる者は計なり。王道廢れたるに非ざるも、天下敢えて窺うもの莫きは、王者の正なり。衡庫なる者は、天子の禮なり。是の故に器成り卒選ばるれば、則ち士勝つを知る。徧く天下を知り、審らかに機數を御すれば、則ち獨行して敵無し。愛する所の國は、獨り之を利し、惡む所の國は、獨り之を害す。則ち令行われ禁止まる、是を以て聖王之を貴ぶ。一に勝ちて百を服すれば、則ち天下之を畏る。少なきを立てて多きを觀れば、則ち天下之を懷う。罪有るを罰し、功有るを賞すれば、則ち天下之に從う。