管子 / 乘馬
時之處事精矣,不可藏而舍也。故曰:「今日不為,明日亡貨。」昔之日已往而不來矣。
新字:時之処事精矣,不可蔵而舎也。故曰:「今日不為,明日亡貨。」昔之日已往而不来矣。
書き下し
時の事に處るや精なり、藏めて舍く可からざるなり。故に曰く、今日為さざれば、明日貨を亡うと。昔の日已に往きて來たらざるなり。
現代語訳
時が事に働くありさまは細やかである。しまい込んで放っておくことはできない。だから言う、今日やらなければ、明日は財貨を失う、と。過ぎた日はもう行ってしまって、戻ってこない。
解説
四十字ほどの短い段ですが、乗馬篇でいちばん強い一句が置かれています。今日為さざれば、明日貨を亡う。時は物のようにしまっておけない、というのが前提です。土地や金の勘定を細かく積んできた篇の途中に、この一行が挟まっている。数えられるものを数え尽くしたうえで、数えられない時だけは貯められない、と言っています。
この章句が説くこと
時の事に処るや精なり蔵めて舎く可からざるなり今日為さざれば明日貨を亡う昔の日已に往きて来たらざるなり時先送り機会
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