正法眼蔵随聞記 / 巻四
一日參學の次てに示して云く、學道の人は自解を執することなかれ、設ひ會する所ろありとも、若し亦決定よからざる事もやあらん、亦是よりもよき義もやあらんと思ふて、廣く知識をも訪ひ、先人の言をも尋ぬべきなり、亦先人の言なりともかたく執する事なかれ、若し是もあしくもやあるらん、信ずるにつけてもと思て、次第にすぐれたる事あらば、其れにつくべきなり、
新字:一日参学の次てに示して云く、学道の人は自解を執することなかれ、設ひ会する所ろありとも、若し亦決定よからざる事もやあらん、亦是よりもよき義もやあらんと思ふて、広く知識をも訪ひ、先人の言をも尋ぬべきなり、亦先人の言なりともかたく執する事なかれ、若し是もあしくもやあるらん、信ずるにつけてもと思て、次第にすぐれたる事あらば、其れにつくべきなり、
書き下し
一日参学の次てに示して云く、学道の人は自解を執することなかれ、設ひ会する所ろありとも、若し亦決定よからざる事もやあらん、亦是よりもよき義もやあらんと思ふて、広く知識をも訪ひ、先人の言をも尋ぬべきなり、亦先人の言なりともかたく執する事なかれ、若し是もあしくもやあるらん、信ずるにつけてもと思て、次第にすぐれたる事あらば、其れにつくべきなり、
現代語訳
ある日、参学のついでに示して言われた。学道の人は自分の理解に執着してはならない。たとえ会得したところがあっても、もしまた決して善くはない事もあるかもしれない、またこれよりもよい義もあるかもしれないと思って、広く善知識をも訪ね、先人の言葉をも尋ねるべきである。また先人の言葉であっても、かたく執着してはならない。もしこれも悪いかもしれない、信ずるにつけてもと思って、次第に勝れたことがあるならば、それに就くべきである。
解説
執着を二重に戒めている。自分の理解に執するなというだけでなく、頼った先人の言葉にも執するなと言う。よりよい説に出会えばそちらに移れという柔らかさは、随順を強く説くこの書の中では珍しく、学び方の話に限られていることが分かる。次の条で、その実例として南陽慧忠の話が引かれる。
この章句が説くこと
自解執着先人参学善知識更新
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『正法眼蔵随聞記』巻五一日示して云く、世間の人多く云ふ、某し師の言ばを聞けども我が心に叶はずと、此の言は非なり、知らず其のこゝろいかん、若しは聖教等の道理の、我が心に違背して非なりと思ふか、これは一向の凡愚なり、亦は師の云へる言が我が心に契はざるか、若し然あらばなんぞはじめより師に問ふや、亦日来の情見を以て云か、もししかあらば是れは無始よりこのかたの妄念なり、学道の用心と云ふは、我が心にたがへども、師の言は聖教の言理ならば、全く其に随て本の我見をすてゝあらためゆくべし、此の心が学道第一の故実なり、
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『正法眼蔵随聞記』巻六示して云く、学道の人参師聞法の時に、能々極めて聞き、重て聞て決定すべし、問ふべきを問はず、云ふべきを云ずして過しなば、必ず我れが損なるべし、師は必ず弟子の問を待て言を発するなり、心得たることをも、いくたびも問て決定すべきなり、師も弟子に好く心得たるかと問て、云ひきかすべきなり、
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『正法眼蔵随聞記』巻六初心学道の人は、只衆に随ふて行道すべきなり、はやく用心故実等を学し知らんと思ふことなかれ、用心故実等のことも、只独り山にも入り、市にもかくれて、行ぜん時あやまりなく、能く知りたるは好きことなり、衆に随ふて行せば道を得べきなり、たとへば船にのりて行くには、我は漕ゆくやうをも知らざれども、よき船師に任せてゆけば、知りたるも知ざるも彼の岸に至るが如し、善知識に随て、衆と共に行じて、私しなければ自然に道人となるなり、
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『正法眼蔵随聞記』巻六示して云く、当世学道する人、多分法を聞く時、先づ能く領解する由を知られんと思ひ、答の言ばのよからん様を思ふほどに、聞くことばが耳を過すなり、総じて詮する処道心なく吾我を存するゆゑなり、只須く先づ吾我を忘れて、人の云はんことを能く聞得て、後に静に案じて、難もあり不審もあらば、追ても難じ、心得たらば重て師に呈すべし、当座に領する由を呈せんとするは、法を能くも聞得ざるなり、