正法眼蔵随聞記 / 巻三
若し今生を捨てゝ佛道に入りたらば、老母は設ひ餓死すとも、一子を放るして道に入らしめたる功德、豈に得道の良緣にあらさらんや、尤も曠劫多生にも捨て難き思愛なれども、今生人身を受て、佛教にあへる時拾てたらば、眞實報恩者の道理なり、なんぞ佛意にかなはざらんや、一子出家すれば七世の父母得道すと見にたり、何ぞ一世の浮生の身を思ふて、永劫安樂の因を空く過さんやと云道理もあり、是らを能々自ら計らふべし、
新字:若し今生を捨てゝ仏道に入りたらば、老母は設ひ餓死すとも、一子を放るして道に入らしめたる功徳、豈に得道の良縁にあらさらんや、尤も曠劫多生にも捨て難き思愛なれども、今生人身を受て、仏教にあへる時拾てたらば、真実報恩者の道理なり、なんぞ仏意にかなはざらんや、一子出家すれば七世の父母得道すと見にたり、何ぞ一世の浮生の身を思ふて、永劫安楽の因を空く過さんやと云道理もあり、是らを能々自ら計らふべし、
書き下し
若し今生を捨てゝ仏道に入りたらば、老母は設ひ餓死すとも、一子を放るして道に入らしめたる功徳、豈に得道の良縁にあらさらんや、尤も曠劫多生にも捨て難き思愛なれども、今生人身を受て、仏教にあへる時拾てたらば、真実報恩者の道理なり、なんぞ仏意にかなはざらんや、一子出家すれば七世の父母得道すと見にたり、何ぞ一世の浮生の身を思ふて、永劫安楽の因を空く過さんやと云道理もあり、是らを能々自ら計らふべし、
現代語訳
もし今生を捨てて仏道に入ったならば、老母はたとえ餓死するとしても、一人の子を放って道に入らせた功徳は、どうして得道のよい縁でないことがあろうか。もっとも、はるかな昔から多くの生にわたって捨てがたい恩愛ではあるけれども、今生に人の身を受けて仏の教えに逢えた時に捨てたならば、真実の報恩者の道理である。どうして仏の御意にかなわないことがあろうか。一人の子が出家すれば七世の父母が道を得ると見えている。どうして一世のはかない身を思って、永劫の安楽の因を空しく過ごすだろうか、という道理もある。これらをよくよく自ら計らうべきである。
解説
この章句が説くこと
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