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正法眼蔵随聞記 / 巻三

龐公は俗人なれども僧におとらず、禪席に名をとゞめたるは、かの人參禪のはじめ、家の財寶を持ち出して海に沉めんとす、人是れを諫めて云く、人にも與へ佛事にも用ゐらるべしと、時に他に對して云く、我巳に寃なりと思ひて是れを捨つ、寃として何そ人に與ふべき、寶は身心を愁へしむるあだなりと云ひて、つゐに海に入れ了りぬ、然ふして後ち、活命の爲には笊をつくりて賣て過けるなり、俗なれどもかくの如く、財寶を捨てゝこそ善人とも云はれけれ、いかに況や僧は一向にすつべきなり、

新字:龐公は俗人なれども僧におとらず、禅席に名をとゞめたるは、かの人参禅のはじめ、家の財宝を持ち出して海に沈めんとす、人是れを諫めて云く、人にも与へ仏事にも用ゐらるべしと、時に他に対して云く、我巳に冤なりと思ひて是れを捨つ、冤として何そ人に与ふべき、宝は身心を愁へしむるあだなりと云ひて、つゐに海に入れ了りぬ、然ふして後ち、活命の為には笊をつくりて売て過けるなり、俗なれどもかくの如く、財宝を捨てゝこそ善人とも云はれけれ、いかに況や僧は一向にすつべきなり、

書き下し

龐公は俗人なれども僧におとらず、禅席に名をとゞめたるは、かの人参禅のはじめ、家の財宝を持ち出して海に沈めんとす、人是れを諫めて云く、人にも与へ仏事にも用ゐらるべしと、時に他に対して云く、我巳に冤なりと思ひて是れを捨つ、冤として何そ人に与ふべき、宝は身心を愁へしむるあだなりと云ひて、つゐに海に入れ了りぬ、然ふして後ち、活命の為には笊をつくりて売て過けるなり、俗なれどもかくの如く、財宝を捨てゝこそ善人とも云はれけれ、いかに況や僧は一向にすつべきなり、

現代語訳

龐居士は俗人であったけれども僧に劣らず、禅席に名をとどめたのは、あの人が参禅の初め、家の財宝を持ち出して海に沈めようとした。人がこれを諫めて言った。人にも与え、仏事にも用いられるべきです、と。その時、その人に対して言った。わたしはすでにこれを仇だと思って捨てるのである。仇だと知って、どうして人に与えられようか。宝は身心を愁えさせる仇である、と言って、ついに海に入れてしまった。そうして後、暮らしのためには笊を作って売って過ごしたのである。俗人でありながらこのように、財宝を捨ててこそ善人とも言われたのである。まして僧は一向に捨てるべきである。

解説

在家でも僧に劣らないとされた龐居士の逸話である。人に与えよという常識的な諫めを、仇と知ったものを人に渡せるかと退けるところが要点で、財を害と見る見方が徹底している。捨てた後は笊を作って暮らしたという後日談があり、生計を放棄したのではないことも分かる。

この章句が説くこと

財宝放下在家龐居士生計

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