正法眼蔵随聞記 / 巻三
夜話に云く、今時世人を見る中に、果報もよく家をも起す人は、皆心の正直に人の爲によき人なり、故に家をも保ち、子孫までも昌ゆるなり、心に曲節ありて、人の爲に惡き人は、設ひ一旦は果報もよく、家を保てる樣なれども、終にはあしきなり、設ひ亦一期は無事にして過す樣なれとも、子孫必す衰微するなり、亦人のために善きことをして、其の人によしと思はれ喜びられんと思ふてするは、あしきに比すれば勝ぐれたるに似たれとも、猶を是は自身を思ふて、人のために眞によきにはあらざるなり、其の人には知られざれども、人のために好き事をなし、乃至未來までも誰れが爲と思はざれども、人の爲によからん事をしをきなんどするを、誠との善人とは云ふなり、
新字:夜話に云く、今時世人を見る中に、果報もよく家をも起す人は、皆心の正直に人の為によき人なり、故に家をも保ち、子孫までも昌ゆるなり、心に曲節ありて、人の為に悪き人は、設ひ一旦は果報もよく、家を保てる様なれども、終にはあしきなり、設ひ亦一期は無事にして過す様なれとも、子孫必す衰微するなり、亦人のために善きことをして、其の人によしと思はれ喜びられんと思ふてするは、あしきに比すれば勝ぐれたるに似たれとも、猶を是は自身を思ふて、人のために真によきにはあらざるなり、其の人には知られざれども、人のために好き事をなし、乃至未来までも誰れが為と思はざれども、人の為によからん事をしをきなんどするを、誠との善人とは云ふなり、
書き下し
夜話に云く、今時世人を見る中に、果報もよく家をも起す人は、皆心の正直に人の為によき人なり、故に家をも保ち、子孫までも昌ゆるなり、心に曲節ありて、人の為に悪き人は、設ひ一旦は果報もよく、家を保てる様なれども、終にはあしきなり、設ひ亦一期は無事にして過す様なれとも、子孫必す衰微するなり、亦人のために善きことをして、其の人によしと思はれ喜びられんと思ふてするは、あしきに比すれば勝ぐれたるに似たれとも、猶を是は自身を思ふて、人のために真によきにはあらざるなり、其の人には知られざれども、人のために好き事をなし、乃至未来までも誰れが為と思はざれども、人の為によからん事をしをきなんどするを、誠との善人とは云ふなり、
現代語訳
夜話に言われた。今どき世の人を見る中で、果報もよく家をも起こす人は、みな心が正直で、人のためによい人である。だから家をも保ち、子孫までも栄えるのである。心に曲がったところがあって、人のために悪い人は、たとえ一時は果報もよく家を保っているようであっても、ついには悪くなるのである。たとえまた一生は無事に過ごすようであっても、子孫は必ず衰えるのである。また人のためによい事をして、その人によいと思われ喜ばれようと思ってするのは、悪いのに比べれば勝れているようであっても、なおこれは自分の身を思ってのことで、人のために真によいのではないのである。その人には知られなくとも人のためによい事をし、さらには未来までも誰のためと思わなくとも、人のためによいであろう事をしておくなどするのを、まことの善人とは言うのである。
解説
この章句が説くこと
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