正法眼蔵随聞記 / 巻二
一夜示して云く、大宋の禪院に、麥米等をそろへて、惡きをさけ、善きをとりて、飯等にすることあり、是れを或る禪師の云く、直饒ひ我が頭をうち破ること七分にすとも、米をそろふることなかれと、頌につくり戒めたり、此のこゝろは、僧は齋食等をとゝのへて食することなかれ、只有るにしたがひて、よければよくて食し、惡きをもきらはずして食すへきなり、只檀那の信施清淨なる常住食を以て、餓を除き命をさゝへて行道するばかりなり、味ひを以て善悪を擇ふことなかれと謂ふなり、今ま我が會下の徒衆も此の心あるべし、
新字:一夜示して云く、大宋の禅院に、麦米等をそろへて、悪きをさけ、善きをとりて、飯等にすることあり、是れを或る禅師の云く、直饒ひ我が頭をうち破ること七分にすとも、米をそろふることなかれと、頌につくり戒めたり、此のこゝろは、僧は斎食等をとゝのへて食することなかれ、只有るにしたがひて、よければよくて食し、悪きをもきらはずして食すへきなり、只檀那の信施清浄なる常住食を以て、餓を除き命をさゝへて行道するばかりなり、味ひを以て善悪を択ふことなかれと謂ふなり、今ま我が会下の徒衆も此の心あるべし、
書き下し
一夜示して云く、大宋の禅院に、麦米等をそろへて、悪きをさけ、善きをとりて、飯等にすることあり、是れを或る禅師の云く、直饒ひ我が頭をうち破ること七分にすとも、米をそろふることなかれと、頌につくり戒めたり、此のこゝろは、僧は斎食等をとゝのへて食することなかれ、只有るにしたがひて、よければよくて食し、悪きをもきらはずして食すへきなり、只檀那の信施清浄なる常住食を以て、餓を除き命をさゝへて行道するばかりなり、味ひを以て善悪を択ふことなかれと謂ふなり、今ま我が会下の徒衆も此の心あるべし、
現代語訳
ある夜示して言われた。大宋の禅院で、麦や米などをそろえて、悪いものを避け、よいものを取って飯などにすることがある。これをある禅師は、たとえ我が頭を打ち破って七つに分けられようとも、米を選りそろえてはならない、と頌に作って戒めた。この心は、僧は食事を整えて食べてはならない、ただ有るに従って、よければよいままに食べ、悪いものをも嫌わずに食べるべきだということである。ただ檀那の清らかな施しである常住の食をもって、飢えを除き命を支えて道を行ずるばかりである。味によって善悪を選んではならないと言うのである。今わたしの会下の者たちも、この心があるべきである。
解説
この章句が説くこと
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『学問のすゝめ』十六編・心事と働きと相当すべきの論・心事高尚ならざれば働きもまた高尚なるを得ず第一 人の働きには、大小軽重の別あり。芝居も人の働きなり、学問も人の働きなり、人力車を挽くも、蒸気船を運用するも、鍬をとりて農業するも、筆を揮いて著述するも、等しく人の働きなれども、役者たるを好まずして学者たるを勤め、車挽きの仲間に入らずして航海の術を学び、百姓の仕事を不満足なりとして著書の業に従事するがごときは、働きの大小軽重を弁別し、軽小を捨てて重大に従うものなり。人間の美事と言うべし。然りしこうして、そのこれを弁別せしむるものはなんぞや。本人の心なり、また志なり。かかる心志ある人を名づけて心事高尚なる人物と言う。ゆえにいわく、人の心事は高尚ならざるべからず、心事高尚ならざれば働きもまた高尚なるを得ざるなり。
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うひ山ぶみ・第八段然はあれども、まづかの学のしなじなは、他よりしひて、それをとはいひがたし、大抵みづから思ひよれる方にまかすべき也、
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『呻吟語』内篇・問學・學は擇ぶ有るを貴ぶ百家を羅ぬる者は、浩瀚の詞多し。一家に工みなる者は、獨詣の語有り。學者限り有るの目力を以て、其の律涯を竟へんと欲し、鹵莽の心思を以て、其の蘊奧を探らんと欲す。豈に難からずや。故に學は擇ぶ有るを貴ぶ。
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