正法眼蔵随聞記 / 巻二
夜話の次に裝問て云く、父母の報恩等の事は作すべきや、示して云く、孝順は最用なる所なり、然あれども其の孝順に在家出家の別あり、在家は孝經等の說を守て、生につかへ死につかふること、世人みな知れり、出家は恩をすてゝ無爲に入る故に、出家の作法は恩を報ずるに、一人にかぎらず、一切衆生をひとしく父母のごとく恩深しと思ふて、なす處の善根を法界にめぐらす、別して今生一世の父母にかぎらば、無爲の道にそむかん、日日の行道、時時の參學、只佛道に隨順しもてゆかば、其れを眞實の孝道とするなり、
新字:夜話の次に装問て云く、父母の報恩等の事は作すべきや、示して云く、孝順は最用なる所なり、然あれども其の孝順に在家出家の別あり、在家は孝経等の説を守て、生につかへ死につかふること、世人みな知れり、出家は恩をすてゝ無為に入る故に、出家の作法は恩を報ずるに、一人にかぎらず、一切衆生をひとしく父母のごとく恩深しと思ふて、なす処の善根を法界にめぐらす、別して今生一世の父母にかぎらば、無為の道にそむかん、日日の行道、時時の参学、只仏道に随順しもてゆかば、其れを真実の孝道とするなり、
書き下し
夜話の次に装問て云く、父母の報恩等の事は作すべきや、示して云く、孝順は最用なる所なり、然あれども其の孝順に在家出家の別あり、在家は孝経等の説を守て、生につかへ死につかふること、世人みな知れり、出家は恩をすてゝ無為に入る故に、出家の作法は恩を報ずるに、一人にかぎらず、一切衆生をひとしく父母のごとく恩深しと思ふて、なす処の善根を法界にめぐらす、別して今生一世の父母にかぎらば、無為の道にそむかん、日日の行道、時時の参学、只仏道に随順しもてゆかば、其れを真実の孝道とするなり、
現代語訳
夜話のついでに懐奘が問うて言った。父母への報恩などの事はなすべきでしょうか。示して言われた。孝順はもっとも大事なところである。しかしながら、その孝順には在家と出家の別がある。在家は『孝経』などの説を守って、生きているうちに仕え、死んでからも仕えること、世の人はみな知っている。出家は恩を捨てて無為に入るゆえに、出家の作法として恩に報いるのは、一人に限らず、一切衆生をひとしく父母のように恩が深いと思って、なすところの善根を法界にめぐらすのである。とりわけ今生一世の父母に限るならば、無為の道に背くであろう。日々の行道、時々の参学、ただ仏道に随順していくならば、それを真実の孝道とするのである。
解説
この章句が説くこと
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論語・為政篇子夏孝を問う。子曰く、「色難し。事有れば弟子其の労に服し、酒食有れば先生に饌(まかな)う。曾て是を以て孝と為さんや。」
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