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正法眼蔵随聞記 / 巻二

今ま是を案ずるに、志の至ると至らざるとなり、眞實の志しを發して、隨分に参學する人得ずと云ふことなきなり、その用心の樣は、何事を專らにしその行を急にすべしと云ことは次のことなり、先づ只欣求の志の切なるべきなり、譬へば重き寶をぬすまんと思ひ、强き敵をうたんと思ひ、高き色にあはんと思ふ心あらん人は、行住坐臥、ことにふれ、おりに隨て、種々の事はかはり來るとも、其れに隨て隙を求め、心に懸くるなり、この心あながぢに切なるもの、とげずと云ふことなきなり、

新字:今ま是を案ずるに、志の至ると至らざるとなり、真実の志しを発して、随分に参学する人得ずと云ふことなきなり、その用心の様は、何事を専らにしその行を急にすべしと云ことは次のことなり、先づ只欣求の志の切なるべきなり、譬へば重き宝をぬすまんと思ひ、强き敵をうたんと思ひ、高き色にあはんと思ふ心あらん人は、行住坐臥、ことにふれ、おりに随て、種々の事はかはり来るとも、其れに随て隙を求め、心に懸くるなり、この心あながぢに切なるもの、とげずと云ふことなきなり、

書き下し

今ま是を案ずるに、志の至ると至らざるとなり、真実の志しを発して、随分に参学する人得ずと云ふことなきなり、その用心の様は、何事を専らにしその行を急にすべしと云ことは次のことなり、先づ只欣求の志の切なるべきなり、譬へば重き宝をぬすまんと思ひ、强き敵をうたんと思ひ、高き色にあはんと思ふ心あらん人は、行住坐臥、ことにふれ、おりに随て、種々の事はかはり来るとも、其れに随て隙を求め、心に懸くるなり、この心あながぢに切なるもの、とげずと云ふことなきなり、

現代語訳

今これを考えるに、志が至るか至らないかである。真実の志を起こして、分に応じて参学する人で、得られないということはない。その心得のありようは、何事を専らにし、その行を急ぐべきかということは、次のことである。まずただ、欣い求める志が切であるべきである。たとえば重い宝を盗もうと思い、強い敵を討とうと思い、高貴な女性に逢おうと思う心のある人は、行住坐臥、事に触れ折に随って、種々の事が変わって来ても、それに応じて隙を求め、心に懸けるのである。この心がひたむきに切である者で、遂げられないということはないのである。

解説

志の切なさを、盗人と仇討ちと恋の三つでたとえる。どれも仏道とは無縁の、しかし人が寝食を忘れて向かう例であり、意志の質ではなく強さを言い当てている。何を専らにするかは次の問題だと明言しているのが要点で、方法論より先に、まず求める心の切実さがあるという順序が示されている。

この章句が説くこと

欣求方法行住坐臥得道

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