正法眼蔵随聞記 / 巻二
我れ幼少の時外典等を好み學しき、夫れがのち入宋傳法するまでも、內外の書籍を開き、方語を通ずるまでも、大切の用事、亦世間のためにも尋常ならざる事なり、俗なんども尋常事に思ひたる、かたかたの用事にてありけれども、今ま熟ら思ふに、學道のさはりにてあるなり、只聖教を見るとも、文に見ゆる所の理を次第に心得てゆかば其の道理を得つべきなり、然るに先つ文章を見、對句韻聲なんどを見て、よきぞあしきぞと心に思ふて、後に理をば心得るなり、然あれば、中々知らすして、初めより道理を心得て行かばよかるべきなり、
新字:我れ幼少の時外典等を好み学しき、夫れがのち入宋伝法するまでも、内外の書籍を開き、方語を通ずるまでも、大切の用事、亦世間のためにも尋常ならざる事なり、俗なんども尋常事に思ひたる、かたかたの用事にてありけれども、今ま熟ら思ふに、学道のさはりにてあるなり、只聖教を見るとも、文に見ゆる所の理を次第に心得てゆかば其の道理を得つべきなり、然るに先つ文章を見、対句韻声なんどを見て、よきぞあしきぞと心に思ふて、後に理をば心得るなり、然あれば、中々知らすして、初めより道理を心得て行かばよかるべきなり、
書き下し
我れ幼少の時外典等を好み学しき、夫れがのち入宋伝法するまでも、内外の書籍を開き、方語を通ずるまでも、大切の用事、亦世間のためにも尋常ならざる事なり、俗なんども尋常事に思ひたる、かたかたの用事にてありけれども、今ま熟ら思ふに、学道のさはりにてあるなり、只聖教を見るとも、文に見ゆる所の理を次第に心得てゆかば其の道理を得つべきなり、然るに先つ文章を見、対句韻声なんどを見て、よきぞあしきぞと心に思ふて、後に理をば心得るなり、然あれば、中々知らすして、初めより道理を心得て行かばよかるべきなり、
現代語訳
わたしは幼少の時、外典などを好んで学んだ。それから後、宋に入り法を伝えるまでも、内外の書籍を開き、方言を通ずるまでになったのは、大切な用事であり、また世間のためにも尋常でない事である。俗人なども普通のことと思っている、あれこれの用事ではあったけれども、今つくづく思うに、学道の障りなのである。ただ聖教を見るとしても、文に見えるところの理を次第に心得ていけば、その道理を得られるはずである。ところが、まず文章を見、対句や韻の響きなどを見て、よいか悪いかと心に思って、後に理を心得るのである。であるから、かえって知らないで、初めから道理を心得ていくほうがよいはずである。
解説
この章句が説くこと
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