正法眼蔵随聞記 / 巻二
夜話に云く、故建仁寺僧正の傳をば、顯兼中納言入道の書れたるなり、其の時辭することばに云く、儒者に書かせらるべきなり、そのゆへは儒者はもとより身をわすれて、幼き時きより長となるまで學問を本とす、故にかき出したるものに誤まり無きなり、只の人は身の出仕交衆を本として、かたはらごとに學問をもするあひだ、自から好人あれとも、文筆のみちにも誤まり出で來るなりと、是を思ふに、昔しの人は外典の學問も身をわすれて學するなり、
新字:夜話に云く、故建仁寺僧正の伝をば、顕兼中納言入道の書れたるなり、其の時辞することばに云く、儒者に書かせらるべきなり、そのゆへは儒者はもとより身をわすれて、幼き時きより長となるまで学問を本とす、故にかき出したるものに誤まり無きなり、只の人は身の出仕交衆を本として、かたはらごとに学問をもするあひだ、自から好人あれとも、文筆のみちにも誤まり出で来るなりと、是を思ふに、昔しの人は外典の学問も身をわすれて学するなり、
書き下し
夜話に云く、故建仁寺僧正の伝をば、顕兼中納言入道の書れたるなり、其の時辞することばに云く、儒者に書かせらるべきなり、そのゆへは儒者はもとより身をわすれて、幼き時きより長となるまで学問を本とす、故にかき出したるものに誤まり無きなり、只の人は身の出仕交衆を本として、かたはらごとに学問をもするあひだ、自から好人あれとも、文筆のみちにも誤まり出で来るなりと、是を思ふに、昔しの人は外典の学問も身をわすれて学するなり、
現代語訳
夜話に言われた。故建仁寺僧正の伝は、顕兼中納言入道が書かれたものである。その時、辞退する言葉に言った。儒者にお書かせになるべきです。その理由は、儒者はもとより身を忘れて、幼い時から長ずるまで学問を本としています。だから書き出したものに誤りがないのです。ただの人は身の出仕や交際を本として、かたわらで学問もする間柄であるから、自ずからよい人はあっても、文筆の道にも誤りが出てくるのです、と。これを思うに、昔の人は外典の学問も身を忘れて学ぶのである。
解説
この章句が説くこと
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