孟子 / 離婁章句下
孟子曰、人之所以異於禽獸者幾希。庶民去之、君子存之。舜明於庶物、察於人倫。由仁義行、非行仁義也。
新字:孟子曰、人之所以異於禽獣者幾希。庶民去之、君子存之。舜明於庶物、察於人倫。由仁義行、非行仁義也。
書き下し
孟子曰く、「人の禽獸に異なる所以の者は、幾ど希なり。庶民は之を去り、君子は之を存す。舜は庶物を明らかにし、人倫を察す。仁義に由りて行う、仁義を行うに非ざるなり。」
現代語訳
孟子は言った。 「人間が禽獣と異なる所はほんのわずかである。それは仁義の有る無しに由るのだ。庶民はその価値が分からずに棄て去ってしまうが、君子はその大切さを理解して保ち続けるのだ。舜は物事の道理をよく明察し、人間関係の秩序を心得ていたので、心に存する仁義に基づいて物事を実行し、仁義そのものを実行するようなことはしなかった。」
解説
人間と動物の違いは、思いやりの心(仁)と正しい行い(義)を持っているかどうかという、ほんのわずかな点にあります。多くの人は忙しさの中でこの心を忘れてしまいますが、立派な人はその大切さに気づき、常に保ち続けます。仕事や日常生活で損得だけを優先するのではなく、人としての道徳や他者への配慮を行動の基準に据えることが、豊かな人生を築く鍵となります。
この章句が説くこと
仁義人間らしさ思いやり道徳
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