孟子 / 盡心章句上
孟子謂宋句踐曰、子好遊乎。吾語子遊。人知之亦囂囂。人不知亦囂囂。曰、何如斯可以囂囂矣。曰、尊德樂義、則可以囂囂矣。故士窮不失義、達不離道。窮不失義、故士得己焉。達不離道、故民不失望焉。古之人、得志、澤加於民、不得志、修身見於世。窮則獨善其身、達則兼善天下。
新字:孟子謂宋句践曰、子好遊乎。吾語子遊。人知之亦囂囂。人不知亦囂囂。曰、何如斯可以囂囂矣。曰、尊徳楽義、則可以囂囂矣。故士窮不失義、達不離道。窮不失義、故士得己焉。達不離道、故民不失望焉。古之人、得志、沢加於民、不得志、修身見於世。窮則独善其身、達則兼善天下。
書き下し
孟子、宋句踐に謂いて曰く、「子、遊を好むか。吾、子に遊を語らん。人、之を知るも亦た囂囂(ゴウ・ゴウ)たり。人、知らざるも亦た囂囂たり。」曰く、「何如なれば斯に以て囂囂たる可き。」曰く、「徳を尊び義を樂しめば、則ち以て囂囂たる可し。故に士は窮しても義を失わず、達しても道を離れず。窮しても義を失わず、故に士は己を得。達しても道を離れず、故に民は望みを失わず。古の人は、志を得れば、澤、民に加わり、志を得ざれば、身を修めて世に見わる。窮すれば則ち獨り其の身を善くし、達すれば則ち兼ねて天下を善くす。」
現代語訳
孟子が宋句踐に向かって言った。 「あなたは遊説が好きなようだが、あなたに遊説について語ろう。人が認めても認めなくても、自得無欲の態度でおるのがよろしかろう。」 「どうすれば自得無欲でおられましょうか。」 「徳を尊び義を樂しめば、自得無欲になれます。だから士というものは、困窮しても義を失わず、出世しても道を離れない。困窮しても義を失わないから、士は自分の本性を保って揺るがない。出世しても正道を守っているので、民は其の人に対する望みを失わない。昔の賢者は、志を得て出世すればその恩沢は民に及ぶし、志を得ず野に在れば身を修めて、高徳の人として世に知られたのです。このように困窮のときにあっては独りわが身を修め、出世すれば併せて天下を善に導くのです。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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易経・明夷卦君子于に行くとは、義として食はざるなり。六二の吉は、順にして則(のり)あるを以てなり。南狩の志は、乃ち大いに得るなり。左の腹に入るとは、心意を獲るなり。箕子の貞は、明息(や)むべからざるなり。初めは天に登るとは、四国を照らすなり。后には地に入るとは、則を失へばなり。
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孟子・告子章句上孟子曰く、「魚は我が欲する所なり。熊掌も亦た我が欲する所なり。二者兼ぬるを得可からずんば、魚を舍てて熊掌を取る者なり。生も亦た我が欲する所なり。義も亦た我が欲する所なり。二者兼ぬるを得可からずんば、生を舎てて義を取る者なり。生も亦た我が欲する所なれども、欲する所生より甚だしき者有り。故に苟くも得るを為さざるなり。死も亦た我が惡む所なれども、惡む所死より甚だしき者有り。故に患も辟けざる所有るなり。如し人の欲する所をして生より甚だしきもの莫からしめば、則ち凡そ以て生を得可き者は、何ぞ用いざらんや。人の惡む所をして死より甚だしき者莫からしめば、則ち凡そ以て患いを辟く可き者は、何ぞ為さざらんや。是に由れば則ち生くるも、而も用いざること有るなり。是に由れば則ち以て患いを辟く可きも、而も為さざること有るなり。是の故に欲する所、生より甚だしき者有り、惡む所、死より甚だしき者有り。獨り賢者のみ是の心有るに非ざるなり。人皆之れ有り。賢者は能く喪うこと勿きのみ。一簞の食、一豆の羹も、之を得れば則ち生き、得ざれば則ち死す。嘑爾(コ・ジ)として之を與うれば、道を行くの人も受けず。蹴爾として之を與うれば、乞人も屑(いさぎよい)しとせざるなり。萬鍾は則ち禮義を辨ぜずして之を受く。萬鍾は我に於て何をか加えん。宮室の美・妻妾の奉・識る所の窮乏者の我に得るが為か。鄉には身の死するが為にして受けず。今は宮室の美の為に之を為す。鄉には身の死するが為にして受けず。今は妻妾の奉の為に之を為す。鄉には身の死するが為にして受けず。今は識る所の窮乏者の我に得るが為にして之を為す。是れ亦た以て已む可からざるか。此を之れ其の本心を失うと謂う。」
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孟子・滕文公章句下陳代曰く、「諸侯を見ざるは、宜(ほとんど)ど小なるが若く然り。今、一たび之を見ば、大は則ち以て王たらしめ、小は則ち以て霸たらしめん。且つ志に曰く、『尺を枉げて尋を直くす。』宜ど為す可きが若し。」孟子曰く、「昔、齊の景公田す。虞人を招くに旌を以てす。至らず。將に之を殺さんとす。『志士は溝壑に在るを忘れず、勇士は其の元を喪うを忘れず。』孔子奚をか取れる。其の招きに非ざれば往かざるを取れるなり。其の招きを待たずして往くが如きは何ぞや。且つ夫れ尺を枉げて尋を直くすとは、利を以て言うなり。如し利を以てせば、則ち尋を枉げ尺を直くして利あらば、亦た為す可きか。昔者、趙簡子、王良をして嬖奚と乘らしむ。終日にして一禽をも獲ず。嬖奚反命して曰く、『天下の賤工なり。』或ひと以て王良に告ぐ。良曰く、『請う之を復びせん。』彊いて後に可く。一朝にして十禽を獲たり。嬖奚反命して曰く、『天下の良工なり。』簡子曰く、『我、女と乘ることを掌らしめん。』王良に謂う。良可かず。曰く、『吾、之が為に我が馳驅を範すれば、終日一をも獲ず。之が為に詭遇すれば、一朝にして十を獲たり。詩に云う、其の馳することを失わざれば、矢を舍ちて破るが如し、と。我、小人と乘ることを貫わず。請う辭せん。』御者すら且つ射る者と比するを羞づ。比して禽獸を獲ること丘陵の若しと雖も、為さざるなり。道を枉げて彼に從うが如きは何ぞや。且つ子過てり。己を枉ぐる者は、未だ能く人を直くする者有らざるなり。」
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「柳下恵は三公を以て其の介を易へず。」
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