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正法眼蔵随聞記 / 巻二

夜話に云く、唐の太宗の時、魏徵奏して云く、土民等帝を謗することありと、帝云く、寡人仁ありて人に謗せられば愁ひとすべからず、仁無ふして人に讃せられば是れを愁ふべしと、俗猶をかくの如し、僧は最も此の心あるべし、慈悲あり道心ありて、愚癡人に誹謗せられんは苦しかるべからず、無道心にて人に有道と思はれんは、是れを能々つゝしむべし、

新字:夜話に云く、唐の太宗の時、魏徴奏して云く、土民等帝を謗することありと、帝云く、寡人仁ありて人に謗せられば愁ひとすべからず、仁無ふして人に讃せられば是れを愁ふべしと、俗猶をかくの如し、僧は最も此の心あるべし、慈悲あり道心ありて、愚癡人に誹謗せられんは苦しかるべからず、無道心にて人に有道と思はれんは、是れを能々つゝしむべし、

書き下し

夜話に云く、唐の太宗の時、魏徴奏して云く、土民等帝を謗することありと、帝云く、寡人仁ありて人に謗せられば愁ひとすべからず、仁無ふして人に讃せられば是れを愁ふべしと、俗猶をかくの如し、僧は最も此の心あるべし、慈悲あり道心ありて、愚癡人に誹謗せられんは苦しかるべからず、無道心にて人に有道と思はれんは、是れを能々つゝしむべし、

現代語訳

夜話に言われた。唐の太宗の時、魏徴が奏上して言った。土民たちが帝をそしることがあります、と。帝が言った。わたしに仁があって人にそしられるなら、愁いとするには及ばない。仁がなくて人に讃えられるなら、これを愁うべきである、と。俗世でさえこのようである。僧はもっともこの心があるべきである。慈悲があり道心があって、愚かな人に誹謗されるのは、苦しいことではない。道心がないのに人から道のある者と思われるのは、これをよくよく慎むべきである。

解説

そしられるか讃えられるかではなく、内実があるかどうかで愁いの向きを決める。太宗の言葉は、評判を実力の指標としない態度を端的に示している。俗世でさえこうだ、まして僧は、という運びは随聞記の常套で、外部の逸話を引きながら聞き手の足元へ返す。前後の条と同じく、名聞をめぐる主題が続いている。

この章句が説くこと

名聞評判道心慈悲誹謗太宗

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