正法眼蔵随聞記 / 巻一
夜話に云く若し人來て用事を云ふ中に、或は人にものをこひ、或は訴訟等のことをも云んとて、一通の狀をも所望すること出て來ること有んに、其の時我は非人なり、遁世籠居の身なれば、在家等の人に非分のことを云んは非なりとて、眼前の人の所望をかなへずば、實に非人の法には似たれども、其の心中をさぐるに、猶我れは遁世非人なり、非分のことを人に云はヾ、人定めてわるく思ひけんと云ふ道理を思ふて聽かずんば、なを是れ我執名聞なり、
新字:夜話に云く若し人来て用事を云ふ中に、或は人にものをこひ、或は訴訟等のことをも云んとて、一通の状をも所望すること出て来ること有んに、其の時我は非人なり、遁世籠居の身なれば、在家等の人に非分のことを云んは非なりとて、眼前の人の所望をかなへずば、実に非人の法には似たれども、其の心中をさぐるに、猶我れは遁世非人なり、非分のことを人に云はヾ、人定めてわるく思ひけんと云ふ道理を思ふて聴かずんば、なを是れ我執名聞なり、
書き下し
夜話に云く若し人来て用事を云ふ中に、或は人にものをこひ、或は訴訟等のことをも云んとて、一通の状をも所望すること出て来ること有んに、其の時我は非人なり、遁世籠居の身なれば、在家等の人に非分のことを云んは非なりとて、眼前の人の所望をかなへずば、実に非人の法には似たれども、其の心中をさぐるに、猶我れは遁世非人なり、非分のことを人に云はヾ、人定めてわるく思ひけんと云ふ道理を思ふて聴かずんば、なを是れ我執名聞なり、
現代語訳
夜話に言われた。もし人が来て用事を言う中で、あるいは人に物を乞い、あるいは訴訟などのことを言おうとして、一通の手紙をも所望することが出てくるとする。そのとき、自分は非人である、遁世して籠居する身であるから、在家などの人に分に過ぎたことを言うのは非である、といって目の前の人の願いをかなえないならば、まことに非人の作法には似ているけれども、その心中を探ってみると、やはり自分は遁世の非人である、分に過ぎたことを人に言えば、人はきっと悪く思うだろうという道理を思って聞き入れないのであるから、なおこれは我執であり名聞である。
解説
この章句が説くこと
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『正法眼蔵随聞記』巻一外典に云く西施毛端にあらざれども色を好む者は色を好む、飛兎綠耳に非ざれども馬を好む者は馬を好む、竜肝鳳髄にあらざれども味を好む者は味を好む、只随分の賢を用るのみなり、俗なほ此の儀あり、仏家亦かくの如くなるべし、況や亦仏二十年の福分を以て末法の我らに施す、是に依て天下の叢林人天の供養絶ねず、如来神通の福徳自在なるも、馬麦を食して夏を過しましましき、末法の弟子豈に是を慕はざらんや、
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『正法眼蔵随聞記』巻二亦大宋宏智禅師の会下、天童は常住物千人の用途なり、然あれば堂中七百人堂外三百人にて、千人につもる、常住物なるに、好き長老の住したる故へに、諸方の僧雲集して、堂中千人なり、其外に五六百人あるなり、知事の人、宏智に訴へて云く、常住物は千人の分なり、衆僧多く集まりて用途不足なり、枉げてはなたれんと申しゝかば、宏智云く、人々みな口あり、汝ぢか事にあづからず、嘆くこと莫れと云々、
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『正法眼蔵随聞記』巻一一日示して云く、人其家に生れ、其道に入らば、先づ其家業を修すべしと知るべきなり、我道にあらず己が分にあらざらんことを知り修すれば即ち非なり、今も出家人として、便ち仏家に入り僧侶とならば、須く其業を習ふべし、其業を習ひ其儀を守ると云は、我執をすてゝ知識の教に随ふなり、其大意は食欲無きなり、貪欲なからんと思はヾ、先づ須く吾我を離るべきなり、吾我を離るゝには、無常を観ずる、是れ第一の用心なり、
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『正法眼蔵随聞記』巻一亦物語に云く、故の鎌倉の右大将、始め兵衛佐にて有し時、内裡の辺に、日はれの会に出仕の時、一人の不当人ありき、其時の大納言あふせて云く、是を制すべしと、大将の云く、六波羅に仰せらるべし、平家の将軍なりと、大納言の云く、近か近かなればなりと、大将の云く、其の人に非ずと、是れ美言なり、此の心にて後には世をも治められしなり、今の学人も其心あるべし、其人にあらずして人を呵すること莫れ、
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荀子・富国篇萬物は宇を同じくして體を異にし、宜無くして用有るは人の為なるは、數なり。人倫並び處り、求めを同じくして道を異にし、欲を同じくして知を異にするは、生なり。皆可とする有るは、知愚同じ。可とする所の異なるは、知愚分かるるなり。埶同じくして知異なり、私を行いて禍無く、欲を縱にして窮せざれば、則ち民心奮いて説ばしむべからざるなり。是の如くんば、則ち知者未だ治を得ざるなり。知者未だ治を得ざれば、則ち功名未だ成らざるなり。功名未だ成らざれば、則ち群衆未だ縣らざるなり。群衆未だ縣らざれば、則ち君臣未だ立たざるなり。君の以て臣を制する無く、上の以て下を制する無ければ、天下の害は欲を縱にするより生ず。欲惡は物を同じくし、欲は多くして物は寡し、寡なければ則ち必ず爭わん。故に百技の成す所は、一人を養う所以なり。而して能あるも技を兼ぬること能わず、人は官を兼ぬること能わず。離居して相待たざれば則ち窮し、群居して分無ければ則ち爭う。窮は患なり、爭は禍なり。患を救い禍を除くには、則ち分を明らかにして群せしむるに若くは莫し。彊は弱を脅かし、知は愚を懼れしめ、民下は上に違い、少は長を陵ぎ、徳を以て政を為さざれば、是の如くんば則ち老弱は養いを失うの憂い有り、而して壮者は分爭の禍有らん。事業は惡む所なり、功利は好む所なり、職業に分無くんば、是の如くんば則ち人は事を樹つるの患有り、而して功を爭うの禍有らん。男女の合、夫婦の分、婚姻娉内、送逆に禮無くんば、是の如くんば則ち人は合を失うの憂い有り、而して色を爭うの禍有らん。故に知者は之が分を為すなり。
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『墨子』非攻下則ち夫の攻伐を好むの君、又た其の説を飾りて曰く、我れ金玉子女壤地を以て足らずと為すに非ざるなり。我れ義の名を以て天下に立て、徳を以て諸侯を來さんと欲するなり、と。子墨子曰く、今、若し能く義の名を以て天下に立て、徳を以て諸侯を來す者有らば、天下の服すること立ちどころに待つ可きなり。夫れ天下、攻伐に處ること久し。譬うるに猶お傅子の馬を為るが然り。