正法眼蔵随聞記 / 巻二
示して云く、故僧正建仁寺におはせし時、獨りの貧人來りて云く、我が家貧うして、絕煙數日におよぶ、夫婦子息兩三人餓死しなんとす、慈悲を以て是れを救ひ給へと云ふ、其の時房中に都て衣食財物等無し、思慮をめぐらすに計畧つきぬ、時に藥師の像を造らんとて、光の料に打のべたる銅少分ありき、是れを取て自ら打をり、束ねまるめて、彼の貧客にあたへて云く、是を以て食物にかへて餓をふさぐべしと、彼の俗よろこんで退出しぬ、
新字:示して云く、故僧正建仁寺におはせし時、独りの貧人来りて云く、我が家貧うして、絶煙数日におよぶ、夫婦子息両三人餓死しなんとす、慈悲を以て是れを救ひ給へと云ふ、其の時房中に都て衣食財物等無し、思慮をめぐらすに計畧つきぬ、時に薬師の像を造らんとて、光の料に打のべたる銅少分ありき、是れを取て自ら打をり、束ねまるめて、彼の貧客にあたへて云く、是を以て食物にかへて餓をふさぐべしと、彼の俗よろこんで退出しぬ、
書き下し
示して云く、故僧正建仁寺におはせし時、独りの貧人来りて云く、我が家貧うして、絶煙数日におよぶ、夫婦子息両三人餓死しなんとす、慈悲を以て是れを救ひ給へと云ふ、其の時房中に都て衣食財物等無し、思慮をめぐらすに計畧つきぬ、時に薬師の像を造らんとて、光の料に打のべたる銅少分ありき、是れを取て自ら打をり、束ねまるめて、彼の貧客にあたへて云く、是を以て食物にかへて餓をふさぐべしと、彼の俗よろこんで退出しぬ、
現代語訳
示して言われた。故僧正が建仁寺におられた時、一人の貧しい人が来て言った。私の家は貧しくて、煙が絶えて数日に及びます。夫婦と子ども二、三人が餓死しようとしています。慈悲をもってこれをお救いください、と言う。その時、房の中にはまったく衣も食も財物もなかった。思案をめぐらすが手立てが尽きた。その時、薬師の像を造ろうとして、光背の料に打ち延べておいた銅が少しあった。これを取って自ら打ち折り、束ねて丸めて、その貧しい客に与えて言った。これをもって食べ物に換えて飢えをふさぎなさい、と。その俗人は喜んで退出した。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『正法眼蔵随聞記』巻一亦云く、大衆不対の時、我れ南泉ならば、大衆既に道不得と云て、便ち猫児を放下してまじ、古人の云く、大用現前して軌則を存せずと、
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孫子・地形篇卒を視ること嬰児の如し、故に之と深谿に赴くべし。卒を視ること愛子の如し、故に之と俱に死すべし。厚くして使う能わず、愛して令する能わず、乱れて治むる能わざれば、譬えば驕子の若く、用うべからざるなり。
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『墨子』貴義子墨子曰く、今、瞽、「鉅なる者は白なり、黔なる者は黒なり」と曰う。眀目なる者と雖も以て之を易うる無し。白黒を兼ねて、瞽をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、瞽の白黒を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、其の取るを以てするなり。今、天下の君子の仁を名づくるや、禹湯と雖も以て之を易うる無し。仁と不仁とを兼ねて、天下の君子をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、天下の君子の仁を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、亦た其の取るを以てするなり。
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李衛公問対・卷下朕、千章萬句を觀るに、『多方以て之を誤らしむ』の一句を出でざるのみ。
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論語・先進篇子曰く、論の篤きに是れ与せば、君子者か、色荘者か。
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孫子・行軍篇丘陵堤防には、必ず其の陽に処りて、之を右背にす。此れ兵の利、地の助けなり。上に雨ふり、水沫至らば、渉らんと欲する者は、其の定まるを待て。