正法眼蔵随聞記 / 巻一
答て云く、外相を飾らずとて、卽ち放逸ならば亦是れ道理に差ふ、實德を藏すと云ふて、在家等の前にて惡行を現せば亦た是れ破戒の甚だしきなり、只希有の道心者、道者の由を人に知られんと思ひ、身にある失を人に知られじと思へども、諸天善神及び三寶の冥に知見する處なり、夫をば愧ずして、世人に貴とびられんと思ふ意ろを誠むるなり、只時にのぞみ事に觸て、興法の爲め利生の爲に、諸事を斟酌すべきなり、擬して後に云ひ、思て後に行して、卒暴なること莫れとなり、
新字:答て云く、外相を飾らずとて、即ち放逸ならば亦是れ道理に差ふ、実徳を蔵すと云ふて、在家等の前にて悪行を現せば亦た是れ破戒の甚だしきなり、只希有の道心者、道者の由を人に知られんと思ひ、身にある失を人に知られじと思へども、諸天善神及び三宝の冥に知見する処なり、夫をば愧ずして、世人に貴とびられんと思ふ意ろを誠むるなり、只時にのぞみ事に触て、興法の為め利生の為に、諸事を斟酌すべきなり、擬して後に云ひ、思て後に行して、卒暴なること莫れとなり、
書き下し
答て云く、外相を飾らずとて、即ち放逸ならば亦是れ道理に差ふ、実徳を蔵すと云ふて、在家等の前にて悪行を現せば亦た是れ破戒の甚だしきなり、只希有の道心者、道者の由を人に知られんと思ひ、身にある失を人に知られじと思へども、諸天善神及び三宝の冥に知見する処なり、夫をば愧ずして、世人に貴とびられんと思ふ意ろを誠むるなり、只時にのぞみ事に触て、興法の為め利生の為に、諸事を斟酌すべきなり、擬して後に云ひ、思て後に行して、卒暴なること莫れとなり、
現代語訳
答えて言われた。外相を飾らないといって、そのまま放逸であるなら、これもまた道理に違う。実の徳を隠すといって、在家などの前で悪行を現すなら、それもまた甚だしい破戒である。ただ、まれにある道心者が、道者であるということを人に知られたいと思い、身にある落ち度を人に知られまいと思っても、諸天善神および三宝が密かに知り見ているところである。それを恥じずに、世の人に貴ばれたいと思う心を戒めるのである。ただ時に臨み事に触れて、法を興すため、衆生を利するために、諸事を斟酌すべきである。よく考えてから言い、思ってから行い、あわてて動くことがあってはならない、というのである。
解説
この章句が説くこと
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『正法眼蔵随聞記』巻二亦云く、世俗の礼にも人の見ざる処、あるひは暗室の中なれども、衣服等をきかゆる時も、亦坐臥する時にも、放逸に隠処なんどをも蔵くさす無礼なるをば、天に慚ぢず鬼に慚ぢずとてそしるなり、只た人の見る時と同じく、かくすべき処をもかくし、はづべきことをもはづるなり、仏法の中も亦戒律かくのごとし、然あれば道者は内外を論ぜす、明暗を択はず、仏制を心に存して、人の見ず知らざればとて、悪事を行すべからざるなり、
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『正法眼蔵随聞記』巻一夜話に云く、今ま世出世間の人、多分は善事をなしては、かまへて人に知られんと思ひ、悪事を作して人に知られじと思ふ、是に依て内外不相応のこと出で来たる、あひかまへて内外相応じ、錯まりを悔ゐ、実徳をかくして、外相をかざらず好事をば他人にゆづり、悪事をば己れにむかふる志気あるべきなり、問て云く実徳を蔵し外相を飾らざらんこと、寔とに然るべし、但し仏菩薩は大悲利生を以て本とす、無智の道俗等外相の不善を見て是を謗り難せば、謗僧の罪を感ぜん、実徳を知らずとも、外相を見て貴とび供養せば、一分の福分たるべし、是らの斟酌いかなるべきぞ、
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『正法眼蔵随聞記』巻二然あれば古人の云く、内ち空しふして外したがふと、云心は、内心は我心なふして、外相は他に随がひもてゆくなり、我が身我が心と云ふ事を一向に忘れて、仏法に入て仏法のおきてに任かせて、行じもてゆけば、内外ともによく今も後もよきなり、仏法の中もそぞろに身をすて、世をすつればとて、棄つべからざる事をすつるは非なり、
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論語・季氏篇邦君の妻、君之を称して夫人と曰う。夫人自ら称して小童と曰う。邦人之を称して君夫人と曰い、諸を異邦に称して寡小君と曰う。異邦人之を称して、亦た君夫人と曰う。
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論語・八佾篇子曰く、人にして仁ならずんば、礼を如(いかん)せん;人にして仁ならずんば、楽を如せん。
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論語・憲問篇憲、恥を問う。子曰わく、邦に道あれば穀し、邦に道無くして穀するは、恥なり。