正法眼蔵随聞記 / 巻一
夜話に云く、昔魯仲連と云ふ將軍ありき、平原君が國に在て能く朝敵をたひらぐ、平原君賞して數多の金銀等を與へしかば、魯仲連辭して云く、只だ將軍のみちなれば敵を能く討のみなり、賞を得て物をとらん爲めに非ず云て、敢て取らずと云ふ、魯仲連が廉直とて名譽のことなり、俗猶を賢なるは、我れ其の人として、其の道の能をなすばかりなり、かはりを得んと思はず、學人の用心もかくの如くなるべし、佛道に入り、佛法の爲に諸事を行して、代に所得あらんと思ふべからす、內外の諸教に皆無所得なれとのみ勸むるなり、法談の次に、
新字:夜話に云く、昔魯仲連と云ふ将軍ありき、平原君が国に在て能く朝敵をたひらぐ、平原君賞して数多の金銀等を与へしかば、魯仲連辞して云く、只だ将軍のみちなれば敵を能く討のみなり、賞を得て物をとらん為めに非ず云て、敢て取らずと云ふ、魯仲連が廉直とて名誉のことなり、俗猶を賢なるは、我れ其の人として、其の道の能をなすばかりなり、かはりを得んと思はず、学人の用心もかくの如くなるべし、仏道に入り、仏法の為に諸事を行して、代に所得あらんと思ふべからす、内外の諸教に皆無所得なれとのみ勧むるなり、法談の次に、
書き下し
夜話に云く、昔魯仲連と云ふ将軍ありき、平原君が国に在て能く朝敵をたひらぐ、平原君賞して数多の金銀等を与へしかば、魯仲連辞して云く、只だ将軍のみちなれば敵を能く討のみなり、賞を得て物をとらん為めに非ず云て、敢て取らずと云ふ、魯仲連が廉直とて名誉のことなり、俗猶を賢なるは、我れ其の人として、其の道の能をなすばかりなり、かはりを得んと思はず、学人の用心もかくの如くなるべし、仏道に入り、仏法の為に諸事を行して、代に所得あらんと思ふべからす、内外の諸教に皆無所得なれとのみ勧むるなり、法談の次に、
現代語訳
夜話に言われた。昔、魯仲連という将軍がいた。平原君の国にあって、よく朝敵を平らげた。平原君が賞して多くの金銀などを与えたところ、魯仲連は辞退して言った。ただ将軍の道であるから敵をよく討ったまでのことである、賞を得て物を取るためではない、と言って、あえて受け取らなかったという。魯仲連の廉直として、名高いことである。俗人でさえ賢い者はこのように、自分はその任にある者としてその道の務めを果たすばかりで、見返りを得ようとは思わない。学人の心構えもこのようであるべきである。仏道に入り、仏法のために諸事を行って、代わりに得るものがあろうと思ってはならない。内外の諸教はみな、無所得であれとばかり勧めるのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『墨子』公孟子墨子の門に游ぶ者有り、子墨子に謂いて曰く、「先生、鬼を以て神眀にして知り、能く人に禍いを為すと為すか」と。子墨子の門に游ぶ者有り、身體强良、思慮狥通なり。隨いて學ばしめんと欲す。子墨子曰く、「姑く學べ。吾れ将に子を仕えしめん」と。善言に勸められて學ぶ。其の年にして、仕えんことを子墨子に責む。子曰く、「子を仕えしめず。子も亦た夫の魯の語を聞かんか。昆弟五人なる者有り。其の父死して、其の長子、酒を嗜みて葬らず。其の四弟曰く、『子、我と葬らば、當に子の為に酒を沽うべし』と。善言に勸められて葬る。已に葬りて、酒を其の四弟に責む。四弟曰く、『吾れ未だ子に酒を予えず。子は子の父を葬り、我れは吾が父を葬る。豈に獨り吾が父ならんや。子、葬らずんば、則ち人、将に子を笑わんとす。故に子に葬るを勸めしなり』と。今、子は義を為し、我も亦た義を為す。豈に獨り我が義ならんや。子、學ばずんば、則ち人、将に子を笑わんとす。故に子に學を勸めしなり」と。
-
三略・上略軍讖に曰く、軍に財無ければ、士来たらず。軍に賞無ければ、士往かず、と。
-
孟子・公孫丑章句下孟子、齊を去り、休に居る。公孫丑、問いて曰く、「仕えて祿を受けざるは、古の道か。」曰く、「非なり。崇に於いて、吾、王に見ゆるを得たり。退いて去る志有り。變ずるを欲せず。故に受けざるなり。繼いで師命有り。以て請う可からず。齊に久しきは、我が志に非ざるなり。」
-
論語・衛霊公篇子曰く、君に事うるには、其の事を敬して其の食を後にす。
-
老子・第75章民の饑うるは、其の上の税を食むことの多きを以てなり。是を以て饑う。民の治め難きは、其の上の有為なるを以てなり。是を以て治め難し。民の死を軽んずるは、其の上の生を求むることの厚きを以てなり。是を以て死を軽んず。夫れ唯だ生を以て為すこと無き者は、是れ生を貴ぶより賢れり。
-
『韓非子』難一第三十六且つ臣は死力を盡くして以て君と市し、君は爵祿を垂れて以て臣と市す。君臣の際は、父子の親しきに非ざるなり。計數の出づる所なり。