正法眼蔵随聞記 / 巻一
亦云く、我れ若し、南泉なりせば卽ち云べし、道ひ得たりとも便ち斬卻せん、道ひ得ずとも便ち斬御せん、何人か猫兒をあらそふ、何人か猫兒を救ふと、大衆に代て云ん、既に道ひ得ず和尙猫兒を斬御せよと、亦大衆に代て云ん、和尙只一刀兩段を知て一刀一段を知らずと、奘云く、如何是一刀一段、師云く、猫兒是、
新字:亦云く、我れ若し、南泉なりせば即ち云べし、道ひ得たりとも便ち斬却せん、道ひ得ずとも便ち斬御せん、何人か猫児をあらそふ、何人か猫児を救ふと、大衆に代て云ん、既に道ひ得ず和尚猫児を斬御せよと、亦大衆に代て云ん、和尚只一刀両段を知て一刀一段を知らずと、奘云く、如何是一刀一段、師云く、猫児是、
書き下し
亦云く、我れ若し、南泉なりせば即ち云べし、道ひ得たりとも便ち斬却せん、道ひ得ずとも便ち斬御せん、何人か猫児をあらそふ、何人か猫児を救ふと、大衆に代て云ん、既に道ひ得ず和尚猫児を斬御せよと、亦大衆に代て云ん、和尚只一刀両段を知て一刀一段を知らずと、奘云く、如何是一刀一段、師云く、猫児是、
現代語訳
また言われた。私がもし南泉であったなら、すぐにこう言うだろう。言い得たとしてもすぐに斬ろう、言い得なかったとしてもすぐに斬ろう。誰が猫を争うのか、誰が猫を救うのか、と。大衆に代わって言うなら、すでに言い得ませんでした、和尚どうぞ猫を斬ってください、と言おう。またあらためて大衆に代わって言うなら、和尚はただ一刀両段を知っていて、一刀一段を知らない、と言おう。懐奘が言った。一刀一段とはどういうことですか。師が言われた。猫がそれだ。
解説
古則をそのまま受け取らず、自分が南泉だったら何と言うかを立て続けに述べていく。一刀両段は真っ二つに斬り分けること、一刀一段はそれが分かれずに一つであることを指す。分けて論ずる立場そのものを断つ言い方で、最後に「猫がそれだ」と一語で返している。公案は解くものではなく、そこに立たされるものだという扱いがよく出ている。
この章句が説くこと
公案判断南泉斬猫一刀両段問答道元
関連する章句
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『正法眼蔵随聞記』巻一亦云く、大衆不対の時、我れ南泉ならば、大衆既に道不得と云て、便ち猫児を放下してまじ、古人の云く、大用現前して軌則を存せずと、
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孫子・地形篇卒を視ること嬰児の如し、故に之と深谿に赴くべし。卒を視ること愛子の如し、故に之と俱に死すべし。厚くして使う能わず、愛して令する能わず、乱れて治むる能わざれば、譬えば驕子の若く、用うべからざるなり。
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『墨子』貴義子墨子曰く、今、瞽、「鉅なる者は白なり、黔なる者は黒なり」と曰う。眀目なる者と雖も以て之を易うる無し。白黒を兼ねて、瞽をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、瞽の白黒を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、其の取るを以てするなり。今、天下の君子の仁を名づくるや、禹湯と雖も以て之を易うる無し。仁と不仁とを兼ねて、天下の君子をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、天下の君子の仁を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、亦た其の取るを以てするなり。
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李衛公問対・卷下朕、千章萬句を觀るに、『多方以て之を誤らしむ』の一句を出でざるのみ。
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論語・先進篇子曰く、論の篤きに是れ与せば、君子者か、色荘者か。
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孫子・行軍篇丘陵堤防には、必ず其の陽に処りて、之を右背にす。此れ兵の利、地の助けなり。上に雨ふり、水沫至らば、渉らんと欲する者は、其の定まるを待て。