正法眼蔵随聞記 / 巻一
有時示して云く佛照禪師の會下に一僧ありて、病患のとき肉食を思ふ、照是を許して食せしむ、ある夜自う延壽堂に行て見たまへば、燈火幽にして病儈亦肉を食す、時に一鬼病僧の頭べの上にのり居て件の肉を食す、僧は我が口に入ると思へども、我れは食せずして頭上の鬼が食するなり、然りしより後は病僧の肉食を好むをば、鬼に領せられたりと知て、是を許しきと、是について思ふに、許すべきか許すべからざるか、斟酌あるべし、五祖演の會にも肉食のことあり、許すも制するも古人の心、皆其意趣あるべきなり、
新字:有時示して云く仏照禅師の会下に一僧ありて、病患のとき肉食を思ふ、照是を許して食せしむ、ある夜自う延寿堂に行て見たまへば、灯火幽にして病儈亦肉を食す、時に一鬼病僧の頭べの上にのり居て件の肉を食す、僧は我が口に入ると思へども、我れは食せずして頭上の鬼が食するなり、然りしより後は病僧の肉食を好むをば、鬼に領せられたりと知て、是を許しきと、是について思ふに、許すべきか許すべからざるか、斟酌あるべし、五祖演の会にも肉食のことあり、許すも制するも古人の心、皆其意趣あるべきなり、
書き下し
有時示して云く仏照禅師の会下に一僧ありて、病患のとき肉食を思ふ、照是を許して食せしむ、ある夜自う延寿堂に行て見たまへば、灯火幽にして病儈亦肉を食す、時に一鬼病僧の頭べの上にのり居て件の肉を食す、僧は我が口に入ると思へども、我れは食せずして頭上の鬼が食するなり、然りしより後は病僧の肉食を好むをば、鬼に領せられたりと知て、是を許しきと、是について思ふに、許すべきか許すべからざるか、斟酌あるべし、五祖演の会にも肉食のことあり、許すも制するも古人の心、皆其意趣あるべきなり、
現代語訳
あるとき示して言われた。仏照禅師の門下に一人の僧がいて、病のとき肉食をしたがった。仏照はこれを許して食べさせた。ある夜、自ら延寿堂に行って見ると、灯火がほのかな中で、病僧がやはり肉を食べている。そのとき一匹の鬼が病僧の頭の上に乗っていて、その肉を食べていた。僧は自分の口に入ると思っているけれども、実は自分が食べているのではなく、頭上の鬼が食べているのである。それより後は、病僧が肉食を好むのを見ると、鬼に取りつかれているのだと知って、許したという。このことについて思うに、許すべきか許すべきでないか、よくよく斟酌すべきである。五祖法演の会下にも肉食のことがあった。許すも制するも古人の心には、みなその意趣があるのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『正法眼蔵随聞記』巻一亦云く、大衆不対の時、我れ南泉ならば、大衆既に道不得と云て、便ち猫児を放下してまじ、古人の云く、大用現前して軌則を存せずと、
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孫子・地形篇卒を視ること嬰児の如し、故に之と深谿に赴くべし。卒を視ること愛子の如し、故に之と俱に死すべし。厚くして使う能わず、愛して令する能わず、乱れて治むる能わざれば、譬えば驕子の若く、用うべからざるなり。
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『墨子』貴義子墨子曰く、今、瞽、「鉅なる者は白なり、黔なる者は黒なり」と曰う。眀目なる者と雖も以て之を易うる無し。白黒を兼ねて、瞽をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、瞽の白黒を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、其の取るを以てするなり。今、天下の君子の仁を名づくるや、禹湯と雖も以て之を易うる無し。仁と不仁とを兼ねて、天下の君子をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、天下の君子の仁を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、亦た其の取るを以てするなり。
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李衛公問対・卷下朕、千章萬句を觀るに、『多方以て之を誤らしむ』の一句を出でざるのみ。
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論語・先進篇子曰く、論の篤きに是れ与せば、君子者か、色荘者か。
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孫子・行軍篇丘陵堤防には、必ず其の陽に処りて、之を右背にす。此れ兵の利、地の助けなり。上に雨ふり、水沫至らば、渉らんと欲する者は、其の定まるを待て。