幽夢影 / 巻下・先づ經を讀み後に史を讀む
先讀經,後讀史,則論事不謬於聖賢。既讀史,復讀經,則觀書不徒爲章句。
新字:先読経,後読史,則論事不謬於聖賢。既読史,復読経,則観書不徒為章句。
書き下し
先づ經を讀み、後に史を讀めば、則ち事を論じて聖賢に謬らず。既に史を讀み、復た經を讀めば、則ち書を觀て徒らに章句を爲さず。
現代語訳
まず経書を読み、そのあとで史書を読めば、物事を論じても聖人賢者の考えから外れることはありません。史書を読んだあとで、ふたたび経書を読めば、書物を読んでもただ字句の解釈に終わることはありません。
解説
経書と史書を読む順序と、その往復の効用を説いた一則です。経書は儒教の聖人の教えを記した書物、史書は実際の出来事を記した歴史書です。先に経書で物差しを持ってから歴史を読めば、事件や人物を正しく評価できます。歴史の具体例を知ったうえで経書に戻れば、教えが生きた知恵として読め、細かな字句の穿鑿に陥りません。章句を為すとは、文の区切りや語釈ばかりにこだわる読み方のことです。友人の陸雲士は「先儒が長々と書いた読書法も、心斎の数語に及ばない」と称えています。原理を学んでから事例を見て、事例を見てから原理に戻るという往復は、今の仕事の学び方にもそのまま生かせます。
この章句が説くこと
読書経史学問原理実例
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