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幽夢影 / 巻下・世人の閒にする所に忙しくす

能閒世人之所忙者,方能忙世人之所閒。

書き下し

能く世人の忙しくする所に閒なる者にして、方に能く世人の閒にする所に忙しくす。

現代語訳

世の人が忙しくしていることに対してゆったり構えていられる人だけが、世の人がなおざりにしていることに忙しく打ち込むことができます。

解説

忙しさと暇の向け先を入れ替えてみせた、鏡合わせの一則です。世の人が忙しくしているのは、出世や金もうけや付き合いといった事柄です。それに振り回されない人だけが、世の人が暇つぶしとしか思わない読書や風雅、心を養うことに、本気で時間を注げると張潮は言います。時間は限られているので、何かに忙しくすれば、何かを手放すことになります。何に忙しくするかは、何を大切にするかの表れだということです。張潮自身が『幽夢影』で語ってきた、花や月や書物への打ち込み方の根にある考えでもあります。周りに合わせて忙しくする前に、自分が本当に時間を注ぎたいことは何かを問い直したくなります。

この章句が説くこと

閑適時間立志処世取捨

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