幽夢影 / 巻下・專ら交遊を務むれば己を累はす
不治生產,其後必致累人;專務交遊,其後必致累己。
新字:不治生産,其後必致累人;専務交遊,其後必致累己。
書き下し
生產を治めざれば、其の後必ず人を累はすを致す。專ら交遊を務むれば、其の後必ず己を累はすを致す。
現代語訳
暮らしを立てる仕事をおろそかにすれば、後には必ず人に迷惑をかけることになります。ひたすら交際にばかり励めば、後には必ず自分を苦しめることになります。
解説
生計と交際のつりあいを説いた、実際的な戒めの一則です。生産を治めるとは、家業を営み、暮らしの糧を得ることです。風流を好む文人は、とかくこれを俗事として軽んじがちでした。張潮は、それを怠れば結局は家族や友人に頼ることになり、人に迷惑をかけると指摘します。また、交際にばかり熱を上げれば、出費や付き合いの疲れで自分が立ち行かなくなると言います。友人の宗子発は「自分が苦しむのはまだよいが、人を苦しめるのはいけない」と評し、江含徴は「今の人は君の迷惑を引き受けてはくれないから、自分で堅実にするのがよい」と冷静です。人脈づくりに励む前に、まず足元の仕事を固めることの大切さを思い出させます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
生計交友処世節制自立
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