幽夢影 / 巻下・四つの妙境
「空山無人,水流花開」二句,極琴心之妙境。「勝固欣然,敗亦可喜」二句,極手談之妙境。「帆隨湘轉,望衡九面」二句,極泛舟之妙境。「胡然而天,胡然而帝」二句,極美人之妙境。
新字:「空山無人,水流花開」二句,極琴心之妙境。「勝固欣然,敗亦可喜」二句,極手談之妙境。「帆随湘転,望衡九面」二句,極泛舟之妙境。「胡然而天,胡然而帝」二句,極美人之妙境。
書き下し
「空山人無く、水流れ花開く」の二句は、琴心の妙境を極む。「勝てば固より欣然、敗るるも亦喜ぶべし」の二句は、手談の妙境を極む。「帆は湘に隨ひて轉じ、衡を望むこと九面」の二句は、泛舟の妙境を極む。「胡ぞ然として天なる、胡ぞ然として帝なる」の二句は、美人の妙境を極む。
現代語訳
「人けのない山、水は流れ花は咲く」の二句は、琴を弾く心の最高の境地を言い尽くしています。「勝てばもちろんうれしく、負けてもまた楽しい」の二句は、囲碁の最高の境地を言い尽くしています。「帆は湘江の流れに沿って向きを変え、衡山を九つの面から望む」の二句は、舟遊びの最高の境地を言い尽くしています。「なんと天女のよう、なんと天帝のよう」の二句は、美人の最高の境地を言い尽くしています。
解説
琴・囲碁・舟遊び・美人という四つの楽しみについて、その極致を言い当てた古人の句を選んだ一則です。空山無人、水流花開は蘇軾の言葉で、人の気配のない静けさの中で自然がおのずと営む境地が、琴の音の理想に重ねられています。勝固欣然、敗亦可喜も蘇軾の詩の句で、勝敗にとらわれない囲碁の楽しみ方を示します。手談は囲碁の別名です。帆随湘転、望衡九面は『水経注』が湘江の舟旅を描いた言葉です。胡然而天、胡然而帝は『詩経』で貴婦人の気高い美しさをたたえた句です。一つの楽しみを極めた先には、それぞれ言葉にしがたい境地があります。自分の好きなことの妙境を言い表す言葉を探してみたくなります。
この章句が説くこと
妙境琴棋蘇軾風雅閑適
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