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酔古堂剣掃 / 集景・深山人無く水流れ花開く

山房置古琴一張,質雖非紫瓊綠玉,響不在焦尾號鐘,置之石床,快作數弄。深山無人,水流花開,清絕冷絕。

新字:山房置古琴一張,質雖非紫瓊緑玉,響不在焦尾号鐘,置之石床,快作数弄。深山無人,水流花開,清絶冷絶。

書き下し

山房に古琴一張を置く、質は紫瓊綠玉に非ずと雖も、響きは焦尾號鐘に在らず、之を石床に置きて、快く數弄を作す。 深山人無く、水流れ花開き、清絕冷絕。

現代語訳

山の住まいに古い琴を一張置いています。その材は紫の美玉や緑の玉で飾ったものではなく、響きも焦尾や号鐘のような名琴に及ぶものではありませんが、それを石の台に置いて、心ゆくまで数曲を奏でます。深い山には誰もおらず、水は流れ花は開いて、この上なく清らかで、この上なくひんやりとしています。

解説

名器でなくとも、山中で弾く琴の清らかさを描いた一則です。紫瓊綠玉は、琴を飾る紫や緑の美しい玉です。焦尾は、後漢の蔡邕が燃えかけた桐材の音のよさに気づいて作った名琴、號鐘は春秋時代の斉の桓公が愛した名琴と伝えられます。そうした名器でなくても、石の台に置いて気ままに弾けば十分だというのです。深山無人、水流花開は、宋の蘇軾が羅漢を讃えた文に見える言葉で、人の気配のない山で、水はひとりでに流れ花はひとりでに咲くという、作為のない自然の姿を表しています。道具の良し悪しより、それを楽しむ場所と心が大切なのです。高価な道具がなくても、好きなことは今すぐ始められます。

この章句が説くこと

風雅自然音楽静寂無為

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