幽夢影 / 巻下・姑く之を存して異日を俟つ
予嘗偶得句,亦殊可喜,惜無佳對,遂未成詩。其一爲「枯葉帶蟲飛」,其一爲「鄕月大於城」。姑存之,以俟異日。
新字:予嘗偶得句,亦殊可喜,惜無佳対,遂未成詩。其一為「枯葉帯虫飛」,其一為「郷月大於城」。姑存之,以俟異日。
書き下し
予嘗て偶句を得、亦殊に喜ぶべし、惜しむらくは佳對無く、遂に未だ詩を成さず。其の一は「枯葉蟲を帶びて飛ぶ」と爲し、其の一は「鄕月城よりも大なり」と爲す。姑く之を存し、以て異日を俟つ。
現代語訳
私はかつて、ふとよい句を思いついたことがあり、とても気に入っていました。けれども残念ながらよい対句ができず、とうとう詩に仕上がりませんでした。その一つは「枯れ葉が虫をのせて飛ぶ」、もう一つは「村の月は町の月より大きい」です。ひとまずここに残しておいて、いつの日かを待つことにします。
解説
思いついたまま完成しなかった句を、書き留めておいた一則です。律詩や絶句では対句が重んじられるので、一句だけよくても、釣り合う相手の句がなければ詩になりません。枯葉帯虫飛は、風に舞う枯れ葉に虫がしがみついている、小さな発見の句です。郷月大於城は、田舎で見る月は町で見るより大きく感じられるという、実感のこもった句です。どちらも気取らない観察から生まれた、張潮らしい着想です。完成しなかったものを恥じずに書き残し、いつか続きが生まれるのを待つという姿勢には、創作する人の誠実さがあります。思いつきを捨てずに書き留めておく習慣は、今の企画やアイデアづくりにも役立ちます。
この章句が説くこと
詩作着想記録風雅対句
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