幽夢影 / 巻上・文體は日に增す
積畫以成字,積字以成句,積句以成篇,謂之文。文體日增,至八股而遂止。如古文、如詩、如賦、如詞、如曲、如説部、如傳奇小説,皆自無而有。方其未有之時,固不料後來之有此一體也。逮既有此一體之後,又若天造地設,爲世必應有之物。然自明以來,未見有創一體裁新人耳目者。遙計百年之後,必有其人,惜乎不及見耳。
新字:積画以成字,積字以成句,積句以成篇,謂之文。文体日增,至八股而遂止。如古文、如詩、如賦、如詞、如曲、如説部、如伝奇小説,皆自無而有。方其未有之時,固不料後来之有此一体也。逮既有此一体之後,又若天造地設,為世必応有之物。然自明以来,未見有創一体裁新人耳目者。遥計百年之後,必有其人,惜乎不及見耳。
書き下し
畫を積みて以て字を成し、字を積みて以て句を成し、句を積みて以て篇を成す、之を文と謂ふ。文體は日に增し、八股に至りて遂に止む。古文の如き、詩の如き、賦の如き、詞の如き、曲の如き、説部の如き、傳奇小説の如きは、皆無より有なり。其の未だ有らざるの時に方りては、固より後來の此の一體有るを料らざるなり。既に此の一體有るの後に逮びては、又天造地設にして、世の必ず應に有るべきの物爲るが若し。然るに明より以來、未だ一體裁を創めて人の耳目を新たにする者有るを見ず。遙かに百年の後を計るに、必ず其の人有らん、惜しいかな見るに及ばざるのみ。
現代語訳
筆画を積み重ねて字ができ、字を積み重ねて句ができ、句を積み重ねて一篇ができる、これを文といいます。文の形式は日ごとに増えてきましたが、八股文に至ってとうとう止まりました。古文、詩、賦、詞、曲、説部(随筆や筆記)、伝奇小説などは、どれもなかったところから生まれたものです。まだ生まれていないときには、後にこういう形式が出てくるとは誰も予想しませんでした。ところが一度その形式ができてしまうと、まるで天地が自然に造ったかのように、世に必ずあるべきものとなりました。しかし明代以来、新しい形式を創り出して人々の耳目を一新した者は見かけません。はるかに百年後を思えば、きっとそういう人が現れるでしょう。残念ながら私はそれを見ることができません。
解説
この章句が説くこと
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