幽夢影 / 巻下・坡の句を集めて和陶詩を補はんと欲す
蘇東坡和陶詩,尚遺數十首。予嘗欲集坡句以補之,苦於韻之弗備而止。如《責子詩》中「不識六與七」,「但覓梨與栗」,「七」字、「栗」字皆無其韻也。
新字:蘇東坡和陶詩,尚遺数十首。予嘗欲集坡句以補之,苦於韻之弗備而止。如《責子詩》中「不識六与七」,「但覓梨与栗」,「七」字、「栗」字皆無其韻也。
書き下し
蘇東坡の和陶詩、尚ほ數十首を遺す。予嘗て坡の句を集めて以て之を補はんと欲するも、韻の備はらざるに苦しみて止む。『責子詩』中の「六と七とを識らず」、「但だ梨と栗とを覓む」の如き、「七」字・「栗」字は皆其の韻無きなり。
現代語訳
蘇東坡の和陶詩(陶淵明の詩に韻を合わせて作った詩)には、まだ数十首の漏れがあります。私はかつて、東坡の句を集めてこれを補おうとしましたが、韻字がそろわないのに苦しんでやめました。たとえば陶淵明の『責子詩』の中の「六と七との区別もつかない」「ただ梨と栗ばかり欲しがる」などは、「七」の字も「栗」の字も、東坡の詩にその韻の句がないのです。
解説
蘇軾の詩の欠けを、蘇軾自身の句で補おうとした張潮の試みを語った一則です。蘇軾は晩年、陶淵明の詩のほとんどに同じ韻字を用いた唱和の詩を作りました。これを和陶詩といいます。張潮は、蘇軾が唱和しなかった残りの詩について、蘇軾の既存の句を拾い集めて補う集句を試みました。けれども、陶淵明が子どもたちの不出来を嘆いた『責子詩』の七や栗のような韻字で終わる句が、蘇軾の詩の中に見つからなかったのです。前の巻でも千字文の字が足りないと嘆いていたように、張潮は集字や集句の遊びを好みました。制約の中で工夫を凝らす遊びは、発想を鍛える格好の訓練にもなります。
この章句が説くこと
集句蘇軾陶淵明詩作風雅
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