幽夢影 / 巻下・能く無字の書を讀む
能讀無字之書,方可得驚人妙句;能會難通之解,方可參最上禪機。
新字:能読無字之書,方可得驚人妙句;能会難通之解,方可参最上禅機。
書き下し
能く無字の書を讀みて、方に驚人の妙句を得べし。能く難通の解を會して、方に最上の禪機に參ずべし。
現代語訳
文字のない書物を読むことができてこそ、人を驚かせるすばらしい句を得ることができます。理解しがたい解釈を会得できてこそ、最上の禅の機微に参じることができます。
解説
本当の学びは文字の外にあると説いた対句です。無字の書とは、自然や人の世の出来事など、文字には書かれていないけれども学ぶべきことに満ちた世界を指します。そうしたものから学べる人だけが、紋切り型ではない、人を驚かせる言葉を生み出せるというのです。後半の禅機は、禅の悟りに至る鋭いはたらきのことで、理屈では通じない問答を腑に落とせてこそ、その奥に触れられると言います。友人の黄交三は「山老(張潮)の学問は悟りから入るので、天地を貫くような言葉がよく出てくる」と評しています。本や資料から学ぶだけでなく、現場や人との出会いから学ぶ姿勢が、独自の発想を生む土台になります。
この章句が説くこと
悟り読書禅学問発想
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